第二十三章
「それじゃ、私は主人を見つけたら、もう一度、自家発電の切り替えをやってみます。三月さんは、ここに居てくださいね?」
「わかりました」
_私は庭朋美の美貌を目で追って、ドアが閉まるのを見届けました。
_スタッフルームに残された私は、この後に起こることを想像していた。
_ノブナガは必ず私の前に現れる。オリオンとの密会を果たすためにだ。
_本館の食堂の窓から私が見た「何か」はノブナガで、女子大生三人組が見た「白い人影」も恐らくノブナガ。つまり私は窓越しに監視されていたという事になる。
_私は彼の顔を知らないけど、私の顔は彼に知られてしまった。どう考えても私の方が不利だけど、朋美さんが居るあいだはさすがに手を出せないはず。
_停電になったのも、彼にとっては予想外の出来事だったに違いない。計算が狂ったのは明らかだ。
_ノブナガの注意が他の何かにそれるのを待って、なんとか夏目さんと合流して安全な場所で朝を待つしかなさそうだ。
──その夏目さんは今どこに?
──電気の復旧は?
──携帯電話はいつ繋がるの?
_そんな行き場のない焦りを感じながらも、空腹が満たされたせいでしょうか、なんだか体が鉛のように重くなって、重力に押しつぶされそうになっていく。
_私の体は眠気に押し倒されて……目の奥がじわじわと温かくなり……全身の筋肉がゆるんでいく……。
夏目さん……少しだけ……眠らせて……。
_記憶にはないけど、私は深い眠りの中にいたんだと思います。
_そして、私が目を覚ました時、薄目を開けた細長い視界の先に、誰かいる。
_向こうを向いているけれど、洗いたてのように艶の良い栗色の長い髪、白いダウンジャケットの上からでも確認できる腰のくびれ、そして柑橘系の甘酸っぱい香りの香水──。
_そこに居たのは……「夏目さん?」
_寝起きのかすれた声で、私はその背中に問いかけた。
_ジャケットのナイロンが擦れる音とともに、彼女がこちらに顔を向ける。
「三月さん、目が覚めた?」
_夏目由美子──。私の大切な友達。いつも通りの彼女の姿がそこにあった。
「良かった。夏目さん、無事だったんだ」
_私はほっとして、安堵の笑みを浮かべた。
「あのね、夏目さん。私がどうしてここに居るかというとね……」と、私が話しはじめたところへ被せるように、夏目さんも話しはじめた。
「三月さん、じつは私、三月さんに言わなきゃいけない事があるの」
_今まで見せたことのない彼女の真剣な表情を見て、頭の中の霧が晴れていった。
_ふと気付けば、私は自分がベッドに寝かされているんだと知って、そこから体を起こそうとしました。
え?──なにこれ?──動かない?──。
_必死で起き上がろうとする私の両手両足が何かで繋がれていて、私の体はベッドに張り付いて動けなくなっていたのです。それに、部屋の様子をうかがうと、さっきまで居たはずのスタッフルームでもなければ、全裸の女の子が放置されていた部屋でもない。
「夏目さん?私、動けない。どうなって……ここはどこ?……ねえ?」
_どんなに全身を突っ張らせてみても、私の自由を奪う「何か」が手首と足首を締めつけるばかり。
_そして、まっすぐな眼差しが私の瞳を射止めたまま、夏目さんはこう言った。
「三月さんて、オリオンでしょ?──」
_思いもよらないその言葉を聞いた瞬間、私の体温は奪われていった。
_交流サイトでのお互いのハンドルネームは知らないはずでした。現に、私は夏目さんのハンドルネームを知らない。
まさか、ノブナガは庭朋美のご主人じゃなくて、本当は──。
「どうして私のハンドルネーム知ってるの?ひょっとして、ブログの内容とかプロフィールでわかったとか?」
_体の自由がきかない今、変に彼女を刺激するのは逆効果だと悟って、私は平静を装ってみせた。
「三月さんは気づいてないかも知れないけど、私、オリオンと何度も交流してたし、三月さんの秘密も知ってる──。あ、秘密って言ったら大袈裟かな?」
_私を見つめる夏目さんの目は、ほとんどまばたきをしていない。なにもかもを見透かされているような視線が、私に突き刺さっている。
_日常の中でときどき感じていた視線の気配が実体となって、私の前にあった。
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