第二十二章
──201号室。
_施錠されていないドアを、私が重苦しく開く。
──鍵が開いてる?
_言葉はなくても、朋美さんの表情は、そう言いたげだった。
「夏目さん?失礼します」
_そう言って朋美さんは部屋の奥へ進んで行った。
_私はこの部屋の中の光景を知っている。それを目の当たりにした朋美さんが次にどんな言葉を発するのか、だいたい予想がつく。
_そして、朋美さんは何かを見た。
「──え?──どうしてこんなところにいるの?」
_その声のトーンは、私が予想していたものとは違っていました。
_そこに居たのは──三毛猫のマサムネでした。驚くことに、全裸で放置されていたはずの女の子の姿がありません。
_姿がない代わりに、女臭い体液の匂いが部屋中にこもっていた。
「──あの、さっきまでここに、裸にされた女の子が居たんですけど…」
「それって…三月さんの友達の?」
「いいえ。たぶん夏目さんと一緒に来てた、もうひとりの女の子だと思います。…だけど…どうして?」
_彼女は我に返って、自分で部屋を出たのか…。それとも、夏目さんが逃がしてくれたのか…。まさか、千石さんが連れ出した…?
_いろんな思いが交錯する。そして、千石弘和の正体に近づけそうな、ある言葉を思い出した。
_朋美さんは確か、こんなことを言っていた。集客をアップさせるために「女子会プラン」を発案したんだと。それを考え出したのは──朋美さんのご主人。女性客を募って、その中から自分好みのターゲットを絞り込み、マスターキーで部屋に侵入して、事を成し遂げる。オーナーの立場を利用すれば、たやすいことだ。
_さらに、交流サイトでノブナガと名乗り、そこでも不特定多数の女性に接触して、自分の城に閉じこめては女汁をすすっていたに違いない。
_宿泊名簿に名前があるはずがない。なぜなら──彼はいつもここに居たのだから。
_私はついに核心にたどり着いた。でもそれを朋美さんに告げたら彼女はどうなる?直接的ではないにせよ、間接的に被害者になってしまう。
_最愛の人の秘密の部分を知ってしまった時、その痛みは計り知れない。
_しかしそれが現実。私が現実を告げなければ、またひとり、清らかな女性が「性の奴隷」になってしまうかも知れない。
_私はどんな表情で彼女を見たらいい?どんな言葉で事実を伝えたらいい?
──こんな綺麗な奥さんがいるのに、どうして…?
_そんな思いで彼女の方を見ていた時、朋美さんと目が合った。お腹に溜まった言いたいことが喉のあたりまで出掛かっていて、それを吐き出そうとした時、先に口を開いたのは──朋美さんだ。
「ひょっとしたら、主人はあそこに居るかもしれません。三月さん、私、ちょっと行って探してきます。それまでしばらくスタッフルームで待っててください」
_なにかを思い出したような朋美さんの表情に、頼もしさが見えた。
_スクエアガーデンズの一階のスタッフルームに、私と朋美さんと三毛猫のマサムネがやってきた時、雪に閉ざされたこの山にも夕暮れが近づいていた。このまま電気が復旧しなければ、夜の闇が訪れる頃には、獲物を狙って徘徊する変質者は自由に動きまわり、私や夏目さんを見つけて犯しつづけるでしょう。
_そうなる前に、夏目さんだけでも探し出して、一緒にここを離れなければ…。
「三月さん、お昼まだですよね?昼間、食堂に姿がなかったから、お腹すいてると思って。こんなものしか出来ませんけど…」
_そう言って朋美さんが持ってきたのは、サンドイッチとホットコーヒーでした。
「あ、どうもすいません。じつは、お腹すいててヤバかったんです」
「…ヤバい?」と聞き返す朋美さんの口元がゆるんで、少し笑いかけている。
_それを見た私はサンドイッチの角をひとくち食べて、「すごく美味しい!なにこれヤバい!」と、わざとらしく若者ぶった。
_朋美さんは思わず笑い声を漏らして、それにつられて私も笑った。
_その場の空気が一瞬だけ変わった。
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