第二十章
_一定の距離を保ったまま館内を歩いて行くと、二階へと続く階段が現れた。
_三毛猫のマサムネは、軽々と階段の段差を飛び越えて駆け上がり、私もそれについて行く。
_小さなボディーガードを味方につけて、二階の廊下とゲストルームのほとんどのドアが見渡せる場所まで来た。そこに人影はなく、出窓から差し込む外光は、真夜中の月光のように頼りない。
_もうずいぶんと緊張が続いているせいで、のどが渇いている。
_化粧直しをするひまもなく部屋を出てきたので、相当ひどい顔をしているに違いない。それに、浮気を正当化しようとしていた心は、それ以上にひどく汚れ、化粧直しをしても綺麗になるはずがなかった。
_またマイナスな事ばかりが浮かんでくる。三年前の私とはまるで別人のようだ。
_彼との密会を果たせば、なにかしら答えが出るはず。たとえそれが私の望まない結末だとしても、目をそらさず受け止めるしかない。
_それが私なりの償いなのだから。
_微妙に湾曲した廊下を三毛猫が歩いていく。そして、いくつものドアの前を通り過ぎていく様子を、私は立ち止まったまま見ていた。
_よく目を凝らすと、いちばん奥の部屋のドアが微かに開いているように見える。空室だろうか?そのドアの隙間に吸い込まれるように、三毛猫が部屋の中へと入ってしまった。
_私は三毛猫を連れ戻そうと、いちばん奥の部屋のドアの前まで行くと、一呼吸おいて、一応ドアをノックしてから「失礼します」とことわり、数センチ開いているそのドアを──開けた。
_部屋の中から漏れてくる空気は、地を這うように重たく押し寄せて、私にまとわりつきながら廊下へと流れていった。そこだけ空気が濃くなっているかのようだ。
_私はドアを開け放ったまま、部屋の中へ三毛猫を追っていった。足元に視線を落として奥に進んでいくと、ダブルサイズぐらいのベッドが部屋の4分の1ほどを占領していた。シーツは乱れている。さっきまで誰かが居たような…もしくは今、誰かが居るような室内…。
_なにやらベッドの向こう側の陰から、小さな物音が聞こえてくる。
「……猫ちゃん?……マサムネ?」
_そこに三毛猫が居るのだと思って、ベッドの陰を覗き込んで──私は絶句した。
_空室だと思って入った部屋に──人が居た。
_人が居たことに絶句したわけではない。私が目にしたその光景は、やがてトラウマになってしまいそうなほど異様なものでした。
_そこに居たのは、ひとりの女性でした。彼女はとても変わった服装をしていて、ベッドわきの床に座り込んで、背中は壁に貼り付くようにもたれかかっている。
_細長く、引き締まった両脚を左右にひろげて、悪く言えば、男を誘うような姿勢でそこに居る。
──変ね。私と目を合わさないどころか、私の存在に気づいていないみたい。
_そう思ったのも束の間。徐々に私の錯覚がさめていく。
_彼女が着ている変わった服は、服ではなかった。
_色白の肌には、うっすらと汗が滲んで、露出された全身を交差する太い縄が、いくつもの結び目をつくって、彼女の自由を奪うように縛りつけていた。それが服に見えていたのだ。しかも、必要以上にきつく縛ってあるわけではなく、若干のたるみをつくって編み込まれているようだ。両腕と両脚は固定され自由がきかない様子。
_網にかかった魚のようなその姿は、痛々しさを感じさせない。なぜなら、彼女の表情は恍惚に満ちていたのです。
_餅菓子のようにふくらんだ乳房が縄から逃れてはみ出し、局部でうごめくバイブレーターは彼女の穴をぐにゃぐにゃとかき回して、ほぐれた膣内で空回りしていた。
_そこから流れ出した婦女の体液が、床に水たまりをつくっている。そしてこの匂い。汗の酸っぱい匂いが混じった、生臭い大人の女の匂い。私がよく知っている匂いだ。
_彼女は一体いつからここでこんな事になっていたのか?どうしてドアは半開きだったのか?
_この状況をうまく処理することなど私にはできない。これが変質者の仕業だとしたら、この次は私がこうなってしまうかも知れない。
_その変質者こそが…千石さん?
_ワイルドガーデンズでの梅澤という四十代くらいの女性の一件。それに今、私の目の前で全裸のまま放置されている二十代くらいの若い女の子。彼女たちも私と同じようにSNSのサイトでノブナガと接触して、言葉巧みに呼び出され、彼の性癖を満たすための道具に変わり果てたのだとしたら、やっぱり私はここに来るべきじゃなかった。
_私が想像していた千石弘和という人物は、もっと紳士的なはずでした。
_そして、裏切られたという感情が私の中に生まれた。
_私は三毛猫のことも忘れて部屋を出ようと、後ろを振り返った。そこで私が見たものは、新たな不安材料と言えるべきものでした。
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