第十七章
──思えば、最初に「性」に目覚めたのが、中学生の時でした。親に隠れて股間を弄ったり、鉛筆を挿入させたり。中学の三年間は毎日のように、そういう事をしていたんだと思います。
_そして高校、社会人と、その行為はだんだんエスカレートしていきました。
_彼氏とセックスしてもイクことができず、持て余した性欲は結局オナニーで消化していました。_私が愛した異物は数知れず、当然、愛が冷めれば捨てられて、また別の異物に手を出すという日々に明け暮れた時期もありました。
_そんな私も、アダルトグッズにだけは手を出せないでいました。通販で買ったとしても、それに関わった色んな人にバレてしまいそうで恥ずかしいからです。
_でも、それも今日で解禁になりそうなのです。
_千石弘和がメールで知らせてきた「例のモノ」こそ、私が欲求を蓄積させてきた、それそのものなのです。
_無抵抗な女に向けられる無数の道具の前では、従順な雌になるしかない。そんな光景を何度、妄想したでしょうか。
_妄想が現実になった時、私はそこから抜け出すすべを知らない。でも、もとの自分に戻れなくなったとしても、理性の糸が切れた今となっては、どうでもいいことでした。
_私自身が彼の道具になって、手足になって、性の象徴になりたい。
_夕べの寝不足のせいか、いつのまにか私は浅い眠りの中で夢を見ていました。黒い人影が見えて、眩しい日差しを浴びているのに、その輪郭はぼんやりとしている。
_やがてこちらに近づいて私に手をさしのべた。
「三月さん、ぼくです、千石です。きみを迎えに来た。さあ、ぼくの手につかまって。いいところに連れて行ってあげるよ」
「千石さん?やっと会えた。もっとよく顔を見せて?ねえ?こんなに近くに居るのに、あなたの顔が見えない。どうして?あなたは本当に千石さんなの?」
_そして私の体は黒い人影に包まれて、やがて目の前が真っ暗になった。
「ぼくはぼくだよ。きみがよく知っているノブナガさ。さあ、こっちにおいで。肉体の刀で貫いてあげるよ。そして二度と帰さない。武士の情けなどというものは持ち合わせていない。きみにはこの意味がよくわかっているはずだ」
「なにを言っているのかわからない。私はあなたを信じてここまで来たのに。──あなた…誰?」
_逆光を浴びた彼の姿が影絵のように屈折して、その顔が見えそうで見えない。
_もう一度、彼の名前を叫ぼうとしたけど、なぜか声が出ない。
_そして私は孤独になった。
_愛する家族に嘘をついて、一時的な衝動だけで男に会いに来てしまったことを後悔した。
_私は家族の名前を呼んだが、やっぱり声が出ない。抑えていた感情が溢れ出して、涙が頬をつたった。
_たいせつなものをなくしてしまった喪失感の中で自分を責めていた時、遠くから私の名前を呼ぶ声が聞こえてきました。
「──さん。──みづきさん」
_海の底からぶくぶくと泡といっしょに聞こえてくるようなその声は、しだいに輪郭がはっきりしてくる。
「三月さん?大丈夫ですか?」
_その時、私は目を覚ましました。
_私の名前を呼んでいたのは、庭朋美の声でした。ドアをノックする音も聞こえる。
_やや乱れた髪に手ぐしを通しながら部屋を見渡すと、その異変に気づいた。
_点いていたはずの照明が消えていたのだ。壁から私を見下ろす時計の針は、1時20分を指している。
_窓から見える四角い外の景色は、かろうじて明るく感じたので、夜中の1時20分ではないのは確かだ。それなのに、この暗さはどうしたというのでしょう。
_私はドアのそばまで歩み寄り、声の主を確かめました。
「朋美さん…ですか?」
「三月さん、このあたり一帯、大雪のせいで停電してしまったみたいなんです」
「え?停電?」
_ドアを開けると、薄暗い廊下に朋美さんが立っていて、懐中電灯の細い光が床を照らしていました。
「申し訳ありません。さいわい、ほとんどの方が午前中で帰られたみたいなんですけど、今、電話も通じない状態で…。外線だけじゃなくて、内線もダメになって、別館とも連絡がつかないんです」
「あの…、携帯電話はどうなんですか?」
_朋美さんは首を横に振る。
_私はバッグから自分の携帯電話をとり出して、電波状況を確かめた。
「──圏外、──あれ?」
_圏外のはずなのに、新着メールが1通とどいていたのです。とすると、圏外になる前に届いたメールということになる。
_それはまぎれもなく、千石弘和からのメールでした。
「遅くなってすいません。今、着きました。三月さんは本館のワイルドガーデンズに居ますよね?僕は別館のスクエアガーデンズで待ってるので、今からこちらに来てください」
_メールの着信時刻は、13時08分。ついさっきだ。
──やっと会えるというのに停電なんて、ついてないな。そんな事より、旅の目的である密会が果たされようとしているのに、私、どうしてこんなに落ち着いていられるの?──さっき見た夢のせい?
_本当は、恋をした少女のように、うきうきしたいのに、私は千石さんを疑いはじめていました。
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