第十二章
_そこに捨てられていたのは、よくコーヒーとかに入れるミルクのポーションの空容器でした。
──どうしてこんなものが、ここに?
_そんな疑問がわき上がりつつも、私は、有り得なくもない事を妄想していました。
_それは、庭朋美の淡麗な容姿とはかけ離れた異常な性癖。行き過ぎた愛猫心の変わり果てた姿。
_我が子のように育ててきた?いや違う。伴侶以上の信頼関係を築いてきた家族の前で脚をひろげ、クンニリングスによる慰めに明け暮れる淫らな女を想像しました。
(いったいどういう事?何がそうさせたというの?)
_その心の声は彼女に向けたものではなく、私自身に問いかけるものでした。
_確かに、朋美さんがそのような行為に溺れてしまった事は、同じ女性として汚らわしく感じる。
_でも、それ以上に汚らわしいのは私の方じゃないのか?以前の私なら、こんな淫らな妄想をすることもなかったはずだ。
_それが今はどう?きのう会ったばかりの女性の性癖を見透かしたような、軽蔑の眼差しを浮かべている。しかも上から目線だ。
_男を欲しがるあまりに五感が錯覚をおこしていたとしたら、その妄想こそが私自身の自慰行為ではないのか?
_それが真実でした。
_庭朋美は、自らの乳房や股間の肉ひだにミルクを垂らして、それを舐めまわす猫の舌に欲情していたかどうかは定かではない。
_しかし、その現場に遭遇したわけでもないのに、淫らな妄想に性欲を満たしていた私。それだけが真実。
「どうかしました?」
_もと居た場所に座り、窓の外をぼんやりと眺めていた私は、聞き覚えのあるその声でようやく我に返りました。
_声のした方へ振り向くと、目線の高さにふくよかな胸元、そこから視線を上げた先の色白の顔は、庭朋美さんのものでした。
「あ…いいえ…ちょっと考え事を」
「そういえば、お連れの方はまだ来てないみたいですね。──彼氏ですか?」
「ええ…まあ…。」
_少し苦笑いして、私はさらに言った。
「さっき連絡あったんで、午後には着くと思いますけど」
「この様子だと、かなり視界もわるくなってるだろうし、心配ですね」
_朋美さんはそう言いながら、窓の外の低い空を見上げている。綿帽子のような牡丹雪は、おだやかな風の中で、しんしんと降っている。
_汚れのない景色に浄化されていく私の心には、さっきまでの庭朋美への妄想さえも消えてしまいそうでした。
「食後の紅茶、ここに置いておきますね」
_私はかるく会釈をして、檸檬が添えられた紅茶をひと口すすった。
「熱っ」
_私はやっぱり猫舌だ。
「今シーズンは、私の主人の思惑が当たったみたいで、ほら──」と、朋美さんが指差したのは、食堂の隅の掲示板。そこに貼られているのは、女子会プランをうたった広告。
_先ほど騒いでいた女子大生3人組も、これに釣られてやって来たに違いない。
_私はというと、千石さんに釣られて来たといったところでしょうか。
「すぐそこにゲレンデがありましてね。上級者の方に言わせると、このあたりの雪質は独特らしくて、とくに日の出を見ながらの早朝スキーは格別だそうで。──私は滑れませんけどね」
_そう言って少女のようにはにかむ表情を見せる朋美さん。
_場所が場所のため、知る人ぞ知る穴場となっているとのことで、集客を増やすために朋美さんのご主人の苦し紛れから出たプランだとか。
_その効果で女性客が増えると、それを目当てに男性客も増える計算らしい。
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