<第十一章>
_ワイルドガーデンズの朝の食堂はにぎやかだ。というより、何やらざわめく声がすぐ近くで聞こえる。
_私と同じく、外の雪景色が見渡せる窓際の席に陣取った女子大生くらいの3人グループが、窓の外を指差しながら目を凝らしている。
「ぜったい何かいたよ。今、見たもん」
「女の子なんだから、そんなに鼻の穴ひろげて興奮しないの」
「何かって、人?動物?」
「なんか白っぽい感じ。あれはたぶん…雪女。…それか雪男」
「は?なにそれ?おどろいて損したじゃん」
「めずらしく早起きして寝ぼけてんのー?」
言い出しっぺの女の子の胸を、あとの2人が指でつついていたずらし出した。
_そこからテーブルを一つ挟んだ席に座っていた私は、その女の子たちの光景に目を細めることもなければ、不愉快になることもなかった。
_なぜなら、あの女の子が指を差した方向は、たった今、私が「何か」を見た方向と同じだったからです。
_冬の寒さからくるものじゃない、ぞくぞくとした寒気が足元から這い上がってきたのがわかりました。
_でも、それも一瞬で消えた。
_都市伝説のようなことが現実に起こるのだろうかと疑問に思うと、急に冷静さをとりもどしました。
_彼からのメールで、すっかり舞い上がってしまった私は尿意をもよおし、食事を中断してトイレに向かいました。
──そういえば、庭朋美は猫を連れてトイレに入ってからまだ出てこない。あれから10分以上は経っているはずなのに。
_後始末に手間取っているに違いないと、私はトイレのドアを開けた。
_ハンカチ片手にトイレの中を見渡すと、いちばん奥の個室のドアが閉まっていた。おそらくそこに朋美さんと三毛猫が入っていて、あとのドアはすべて開いていた。
_私は、いちばん手前の個室に入り、細身のデニムを膝下まで下げて、さらにショーツを下ろして便座に腰かけた。
_年甲斐もなく「勝負下着」というわけだ。
_そして、完全に無防備になった外性器を露出して、私は用を済ませました。
_緊張がほぐれて軽くなった体を起こそうとした時、なんとなく湿気を含んだような、そんな音がどこからか聞こえてきました。
_ぴちゃ…ぴちゃ…ぴちゃ…
_みちゃ…みちゃ…みちゃ…
_いったい何の音だろう?と聞き耳を立ててみる。
_ぴちゃ…ぴちゃ…ぴちゃ…
_その音は確かに朋美さんと三毛猫が入っているトイレの方から聞こえてくる。
_そういえば、水分の多い缶詰めのようなエサを猫が食べてる時、ちょうどこんな音がしていたような気がする。
_きっと、あの三毛猫がトイレの中で朝食を食べているのだろうと、少々無理のある推理をしてみた。
_その「水分の多い朝食」の正体が何なのか。それが明らかになった時、その真実は私に何を問いかけたのでしょうか。
_うすい壁で仕切られたトイレを2つ挟んだ向こうの個室から聞こえてくる湿った音。
_トイレの中自体は、しんと静まりかえっているわけではなく、食堂でにぎわう声もかすかに耳に届く。それに紛れるほど小さな声が確かに聞こえました。
_声の主は朋美さんだが、なんだか様子がおかしい。苦痛に耐えるような押し殺した声なのか、あるいは涙をこらえながらも漏れてしまう泣き声か。
…あ……あぁ……う…うぅん……
…ぴちゃ…みちゃ…
_さらにおかしな事に気づく。朋美さんの声は、明らかに湿った音に反応している。
_とにかくこの状況は普通じゃない。ここに居てはいけないと思った私は、トイレを出て元の席に着いた。
_窓の外は、あいかわらずの雪だ。
_私が朝食を食べ終えるころ、トイレのドアが開いて朋美さんが出てくると、その足元をすり抜けて三毛猫が出てきました。
_何事もなかったような表情の2人?だが、あそこで何かあったのは間違いなかった。
_私は、もう一度トイレに入って、さっき閉まっていたいちばん奥の個室を確かめました。
_清潔に保たれた綺麗なトイレ。ふと足元のサニタリーボックスのふたを開けてみた。
──ん?──なにこれ?
※元投稿はこちら >>