第八章
──10分後。
「いいですよ」
_私は、しだいに大胆になっていく自分を抑えられなくなって、千石さんの気持ちに応えてしまいました。
_テレビをつければ、ネット上で知り合った男女が事件に巻き込まれたとの報道が毎日のように流れる。それも、ほんの氷山の一角だということは誰もが知っている。知っているからこそ、そんな危険と隣り合わせの情事に、日常では味わえないものを求めているのでしょう。
_傍目から見れば、三月里緒という人妻と、千石弘和という中年男性の行く末など「ありふれている」と皆、目を背けるにちがいない。
_ネット社会に潜む闇を感じつつも、私は千石さんとの疑似セックスに溺れていったのです。
「なんか最近サイトを退会する人、多くない?」
_いつものファミレスで夏目由美子が眉を歪めながら言った。
「メール機能が追加された頃からなんか増えてるんだけど。三月さんは大丈夫?」
_あいかわらず、夏目さんのストローには口紅と歯形がついている。
「私は辞めるつもりはないけど、フレンズメールで禁止ワードとか使うと強制的に退会させられるみたいね。お互い気をつけなきゃ」
_ノブナガさんとのことを思いながら私は言った。
_夏目さんから交流サイトの話を持ちかけられた時から、お互いのハンドルネームは明かさないようにしようということで約束させられていた。だから、サイトの中でもプライバシーは保たれていて、好きなように異性と交流することができました。
_夏目さんが言った。
「なんか私のフレンズで仲良かった男の人がいたんだけど、急に退会しちゃって、なんかがっかりした。すごい紳士的な人でね──」
「そうなんだ。ここんとこ規制がきびしくなったもんね」
「話かわるけど、なんか昨日、生理きちゃって、きょう最悪なの。で、なんかアレ、家に忘れてきちゃって。三月さん、貸してくれない?」
「うん、いいよ」
_私はポーチからナプキンを取り出して、夏目さんにこっそり手渡した。
「ありがとう」
そう言って夏目さんはファミレスのトイレに入っていきました。
_それを見届けると、私は携帯電話でサイトにアクセスした。
_オリオンのメールボックスをチェックすると、1通のメールが届いていた。送り主は私のフレンズの1人なのだが、そのフレンズのフレンズ…いわゆる友達の友達が私とフレンズになりたいと言っているらしいのです。
_こういうことは以前からよくあったので、私は何も考えずにオッケーを出した。
_それから間もなく、1人の女の子がオリオンに接触してきました。名前は「ゴールド」。女の子らしくないし派手な名前だなぁというのが第一印象。
「はじめまして。オリオンさんのブログいつも見てます。フレンズ登録お願いします」
_私はすぐにゴールドさんをフレンズリストに登録しました。
_その時、夏目さんがトイレから出てきたので、私は携帯電話をバッグにしまいました。
_夏目さんは、ひそひそ声で、「ちょっと下着汚しちゃったから、帰るね」というと、私の分も支払ってファミレスを出ていきました。
──それにしても夏目さん、どうしてあんなに綺麗なんだろう。歳も私と1つしか違わないのに、あれで一児のママとは思えない。
_そんなことを思いながら、ストローについた夏目さんの口紅のあとを見つめていた。
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