「由紀子さん以外に誰がいるんだよ。ほらっ、今年、合格祝いくれただろ? そのお返し」
由紀子は一瞬考えてから、あぁ、と頷いた。そして、思わずくすりと笑ってしまう。
「えっ? 何かおかしかった? あ~、やっぱり花束はキザ過ぎ?」
「違う違う。大人になったなって思ったのよ。昔の秀介くんなら、お返しなんて発想なかったじゃない? 成長喜ばしい、って感じ?」
「何だよそれ」
「ふふっ、誉めてるんだから、ふてくされないの。ありがとうね。ところで、そっちの紙袋もプレゼント?」
由紀子は秀介の左手に握られた白い紙袋を指差した。
「これ? そうそう。ケーキ。俺の分もあるけど」
「あははっ。ちゃっかりしてるなぁ。じゃあうちで食べてく?」
そう言って由紀子は扉を大きく開いた。
◆――――◆
「このケーキ、美味しいわね。どこで買ってきたの?」
由紀子は皿に置いたケーキを指差しなが秀介に尋ねた。
「大学の近くに最近出来た店。行列出来る日もあるぐらいだからね」
へぇ、と由紀子は漏らす。それから花瓶に移した花に目をやって「あれは?」と聞こうとしたところで秀介が先に口を開いた。
「由紀子さん。トイレ借りてもいい?」
「えっ? ああ良いわよ。そこ出て右側の二つ目の扉がトイレだから」
分かった、と出ていった秀介の後ろ姿を眺めながら、由紀子は微笑ましい気持ちになった。
(ほんとにいい子に育ったなぁ)
由紀子にとって秀介は弟の様な存在だったが、子供のいない由紀子には息子の様に感じられる時もあった。
(いつまで誕生日を祝ってくれるのかな……)
先を考えると、由紀子は寂しい気持ちになった。
「それにしても遅いわね」
由紀子は立ち上がると、リビングの扉を開けて外を覗いた。廊下を挟んで、二つずつ部屋がある。
ここで、由紀子の心臓は、文字通り、勢いよく跳ね上がった。
左側の二つ目の扉が開いていたのだ。そして、そこは由紀子と夫が寝る寝室だった。
(閉めた……はず、なのに……)
心臓がドクンドクンと鳴るのが分かった。由紀子はゆっくりとそこに近付き、そっと扉を開く。そしてもう一度ビクッとなった。
「な……何、してるの……?」
暗い部屋の中に、秀介が一人後ろを向いて立っていた。
「いやさ……トイレ行こうと思ったら、ここの扉が少し開いてたんだよね。気になったから中覗いたんだけど――」
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