その後、数日が過ぎた。
学校全体に、静かに、しかし確実に噂が広がり始めた。
「学校の中で不純異性交遊してる人がいるらしいよ」
「誰と誰?」
「知らないけど、教師と生徒だって……」
「マジ? 誰だろ……」
最初は小さなささやきだった。
休み時間の教室の隅、廊下の角、部活のベンチ、女子トイレの個室。
誰かが誰かに耳打ちし、それがまた別の人に伝わり、
やがて学校全体を覆う薄い霧のように、静かに、しかし確実に広がっていった。
名前は出ない。
具体的な証拠もない。
ただ、「教師と生徒」というキーワードだけが、
好奇心と悪意を燃料に、ゆっくりと燃え広がる。
香織は、その霧の中にいた。
朝の登校時、教室に入るだけで視線を感じる。
誰かが自分を見て、すぐに目を逸らす。
誰かがくすくす笑う。
誰かが「ねえ、あの人……」と小声で囁くのが聞こえる気がする。
実際には誰も直接何も言わない。
だからこそ、余計に息苦しい。
制服の襟を何度も直し、スカートを何度も引き下げる。
昨夜の用具室で先生に抱かれた身体が、
今も熱を帯びているように感じる。
下腹部が疼き、太ももが擦れ合うたび、
あの熱い記憶が蘇り、顔が赤くなる。
それがまた、周りの視線を呼び込む。
(……みんな、知ってる……?
私のこと……見てる……
笑ってる……
先生と私のこと……全部……
どうして……バレたの……?
あの二人……沢田と桑田……
話したのに……バラしたの……?
それとも……誰かが見てた……?
もう……終わり……
学校に来られない……
先生に会えない……
あの部屋に……行けない……
私……どうすれば……)
授業中、黒板の文字がぼやける。
ノートを取る手が震え、ペンが滑り落ちる。
隣の席の女子が、ちらりと見て、すぐに目を逸らす。
その視線が、針のように刺さる。
昼休み、香織は一人で屋上へ逃げた。
誰も来ないはずの場所。
フェンスに凭れ、空を見上げる。
涙がこぼれそうになるのを、必死に堪える。
(……先生……
先生に……会いたい……
あの部屋で……また……抱かれて……
全部忘れさせてほしい……
でも……もう……危ない……
噂が……もっと広がったら……
先生が……クビになる……
私も……退学……
お母さんに……顔向けできない……
どうしよう……
怖い……怖い……
でも……先生の熱が……恋しい……
私は……壊れたまま……
先生なしじゃ……生きられない……)
放課後、香織は用具室へ向かった。
足取りは重く、震えていた。
扉の前に立つと、鍵はかかっていない。
そっと開けると、柳田先生がすでに待っていた。
先生の目は、いつもより暗い。
疲れと、苛立ちと、
しかし、香織を見た瞬間だけ、わずかに柔らかくなる。
「……香織」
先生は一歩近づき、香織を抱き寄せた。
強く、しかし優しく。
香織の身体が、震えながら溶けるように先生に凭れかかる。
「……噂……知ってるか?」
先生の声は、低く抑えられている。
香織は小さく頷く。
「……はい……
みんな……見てくる……
怖くて……」
先生は香織の髪を撫で、耳元で囁く。
「……俺のせいだ。
お前を……巻き込んで……
でも……もう、引き返せない」
香織は先生の胸に顔を埋め、涙をこぼした。
「……先生……
私……先生と……一緒にいたい……
噂が広がっても……
学校に行けなくなっても……
先生の……もの……でいたい……」
先生は香織を抱きしめ、鍵をかけた。
カチリ、カチリ、カチリ。
三重の音が、再び部屋に響く。
「なら……今は、ここにいろ。
外の世界が……どうなろうと……
この部屋だけは……俺とお前のものだ」
香織は頷き、先生の唇を受け入れた。
噂は、まだ広がり続けている。
学校は、静かに、しかし確実に、変わり始めていた。
教師と生徒の関係は、
もう、元には戻れない。
しかし、二人は——
鍵のかかった用具室の中で、
互いの熱だけを求め続けていた。
未来は、まだ見えない。
だが、今この瞬間だけは、
香織は先生の腕の中で、
静かに、甘く、壊れ続けていた。
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