香織の意識は、闇の底で細く震えていた。
沢田の指がブラウスのボタンを外し、布地が開き始めた瞬間、
彼女の胸の奥で、何かがぱちんと音を立てて切れた。
(……もう……だめ……)
でも、その「だめ」は、
今までとは違う響きを持っていた。
涙が止まらないまま、
香織はゆっくりと息を吸い込んだ。
肺が震え、喉が詰まりそうになるのを、無理やり押し殺す。
(……私は……壊れた……
完全に壊れた……
でも……壊れたからこそ……
もう、何も怖くない……?
いや……違う……
怖い……怖いまま……
でも、このままじゃ……
先生の香織が……本当に消えちゃう……
それだけは……嫌……)
彼女の指が、震えながら沢田の手首を掴んだ。
力はほとんど入っていない。
ただ、止めてほしいという意志だけが、そこにあった。
「……やめて……」
声はか細いが、
今までとは違う。
息ではなく、言葉として、出てきた。
沢田の動きが、一瞬止まる。
桑田の目が、わずかに細くなる。
香織は壁に凭れかかったまま、
ゆっくりと顔を上げた。
涙でぐしゃぐしゃの顔で、
しかし、視線を二人に合わせた。
「……お願い……
もう……やめて……
私……話すから……
昨夜のこと……全部……話すから……
だから……これ以上……触らないで……」
声は震えていた。
でも、途切れなかった。
(……話せば……バラされる……
学校中に知られる……
人生、終わる……
でも……このまま触れられるよりは……
まだ……マシ……
先生の記憶を……守りたい……
あの部屋で感じた熱を……
この二人に……汚されたくない……
私は……まだ……先生のもの……
壊れても……壊れても……
先生の香織で……いたい……)
沢田の指が、ゆっくり離れる。
桑田も、顎から手を離し、一歩後ずさった。
「へえ……話す気になったか」
沢田がニヤリと笑うが、
その笑みには、わずかな動揺が混じっていた。
香織は壁に凭れかかったまま、
震える声で話し始めた。
「……昨夜……用具室で……
先生と……二人きりで……
鍵をかけて……
私は……先生に……抱かれて……
何度も……イカされて……
中に出されて……」
言葉を紡ぐたび、
胸が締めつけられる。
恥ずかしさ、屈辱、恐怖が一気に込み上げる。
でも、止まらなかった。
「……全部……話す……
だから……もう……触らないで……
お願い……」
二人は黙って聞いていた。
表情は変わらないが、
部屋の空気が、わずかに緩んだ。
香織は話し続けながら、
心の中で繰り返していた。
(……話せば……終わる……
この状況……終わる……
バラされたら……終わるけど……
今、この瞬間だけは……
終わらせられる……
私は……まだ……自分で……選べる……
壊れても……自分で……終わらせられる……)
話し終えたとき、
香織の声はほとんど出なくなっていた。
ただ、涙だけが流れ続けていた。
沢田と桑田は、しばらく無言だった。
やがて、沢田が肩をすくめる。
「……ふーん……
まあ、面白かったぜ。
これで満足だ」
桑田も、ゆっくりとドアの方へ歩き出す。
「じゃあな、先輩。
また学校で」
二人は何も言わず、部屋を出て行った。
ドアが閉まる音が響き、
鍵が外される音がした。
香織は壁に凭れかかったまま、
ゆっくりと床に崩れ落ちた。
(……終わった……
終わった……
触られなかった……
汚されなかった……
先生の香織は……まだ……残ってる……)
涙が止まらない。
でも、その涙は、
今までとは違う。
恐怖の涙ではなく、
安堵と、
自分自身を取り戻したような、
小さな解放の涙だった。
香織は、ゆっくりと立ち上がり、
ドアに鍵をかけた。
窓を開け、夜風を部屋に入れる。
冷たい風が、熱くなった身体を冷ましていく。
彼女はベッドに座り、
膝を抱えた。
(……明日から……
学校に行けるかな……
みんなの視線が……怖い……
でも……行かなきゃ……
先生に……会わなきゃ……
あの部屋で……また……
先生の熱に……触れなきゃ……
私は……壊れたけど……
まだ……生きてる……
先生の香織として……
生きていく……)
香織は、ゆっくりと息を吐いた。
日常は、まだ遠い。
でも、
今、この瞬間だけは、
彼女は自分で状況を終わらせた。
それが、
小さな、
しかし確かな一歩だった。
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