「じゃあ始めようか」
私は、柔軟しているA君に近付いて言いました。
「あー、いいすよ。」
「あれ?先生、自分の道着は??」
A君に指摘されましたが、私が今着ている道着は学校の貸出用の道着でした。
自分の道着は家にありますが、学校に持ってきて誰かに見られる事が怖かったので、家から持ってこずに、学校の道着を借りました。
「やっぱり、先生は舐めてるよね。俺の事。」
続けてA君が言いました。学校の道着は普通に使えはしますが、安物で柔らかく、袖や襟を掴みやすいため、試合には向きません。
「舐めてるつもりは無い。けど、これくらいのハンデがあった方がいいと思うよ?」
私はA君にさらりと言いました。
本当はもっとハンデをつけてあげないと試合にならない。と心の底では思っていましたが、
A君のプライドを傷つけてしまう可能性と、そもそもA君を全力で叩きのめすという目的があるため、それは言わずにいました。
実際、癪にさわったようで、A君は少しイラつく様子で
「ふーん。。。後悔してもしらないっすよ?後で言い訳しないでくださいね。」
「前にも言いましたけど、マジで完膚無きまでにぶっ潰しますから。」
とトーンの低い返答をしました。
そこで、A君は あ!っと声を上げて、先程脱いでいたズボンからスマホを取り出しました。
「先生、、一応念の為ですけど、ボイスメモに約束を撮っておきたいんすけど、、。」
「約束?」
私が聞き返すと、A君は頷いて続けました。
「俺、今はちょっと冷静なんで。先生も勝つ自信あるように、俺も自信はあるんすよ。ただ、正直、女相手に本気でやっていいのか?みたいな。完膚無きまでボコボコに勝ちたいけど、女に本気でやるのは気が引けるんすよね。」
「怪我もそうですけど、後で男のくせに本気でやった。とか言われるのもやなんで、お互い同意って言うことをボイスメモに残して起きたいんですよ」
「わかった。いいよ。確かに私も、A君が後で言い訳したりするのはムカつくから。お互いハッキリ文言は残しておこうか」
私はA君の、女と言うだけで下に見る言い方に腹が立ちました。
A君は、ボイスメモをオンにし、お互いに言いたい、残しておきたい事を言い合いました。
「先生、俺はこれから柔道で先生を完膚無きまでに本気でシバキ倒します。先生がギブアップするまでは本気で手を抜かずにボコボコに倒します。それでもいいですか?」
「そっくりそのまま返すよ。やれるもんならやってみなよ。
A君こそ、後で言い訳とかしないでね。」
「じゃあ、遠慮なくやりますね。マジで知らないですよ?どうなっても。後で文句言わないでくださいね?」
「いいよ。A君もギブアップするまで泣いても辞めないから。女だの男だのウダウダ言ってるけど、女だからって考えが間違えてる事を教えてあげるよ」
「あー、やっぱり。女だなんだって事結構気にしてたんですね。ハッキリ言いますね。男には勝てないっすよ?先生。」
「ホントに軽蔑するよ、A君。いいよ、今はその考え方も許すよ。
でも、私がA君に勝ったらその考えを改めるって約束して。」
「いいですよ。先生が俺に勝てたら、女じゃ男に勝てないって考えは改めますよ。
、、、他になんかあります?勝ったらの約束?賭けみたいなの。」
「、、、じゃあ、私が勝ったらもう非行行動はしない。真面目に勉強するって約束して」
「分かりました。いいですよ。
その代わり俺が勝ったら先生にも言う事聞いてもらうんで。」
「言う事?なに??」
「あー、、すぐには思い浮かば無いですね。
んー、、、分かりました。俺の文句やイラついてる気持ちを全部受け止めて貰います」
「いいよ。勝てたらね?その女を見下す内容も我慢して聞いてあげるよ」
「、、、もう、ないですよね。言いたいこと」
「無い。」
A君はボイスメモの録音を終了させました。
そして、お互いが所定の位置につき、タイミングを合わせて一礼。
礼を終えてお互いが場内に歩を進め所定の位置につき、また礼をしました。
私もA君も1歩前にでて、いつでも試合開始できる状況になりました。
本来なら主審の「始め!」の声で試合が開始しますが、代わりに私が
「A君、3年間本当にお疲れ様。こんな形の引退試合だけど後悔ないようにお互い全力でやりましょう。」
と言うと、A君は声を出さずに真顔で頷きまさした。
それを皮切りに、ついに試合を始めました。
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