A君は私との約束を、「少し考えておく」と言っていましたが、そこから夏休みに入るまで、毎日学校に来て授業を受けていました。
授業中の態度や身だしなみはだらし無かったですがそれでも、私との約束を守ってくれていることに、感謝と嬉しさが込み上げました。
夏休みに入り、私はどうにか試合が出来ないか、、調べたりほかの先生や、他校の先生に聞いたりと、必死に動きました。
他校との練習試合、部内での引退試合、挙句は地元警察の柔道練習の場での試合や練習と、、あらゆる考えで動き働きかけましたが、
どう足掻いても、そんな事はおろか、部活動の練習すらも出来ないという現実が明るみになるだけでした。
また、親御さん達もコロナ禍での練習には反対をしているため、私の考えは孤立していました。
夏休みはあっという間に終わりました。
夏休み期間、A君が補導されたとか、なにか悪い事をしているという噂は聞きませんでした。
そして、二学期早々にとうとう、コロナの三波が都内で起こり、その余波はついにこの地域にも押し寄せて来ました。
私たちの学校は授業をオンラインに切り替える事になりました。その頃はまだiPadの普及はありませんでしたから、親御さんのスマホやパソコンを使う事になりましたし、手探りでの授業をする事となりました。
授業を行う教師は学校に出勤してそこでオンラインをたちあげて、授業を行いました。
私のような体育科目や美術や音楽、、いわゆる受験に響かない科目については、自宅学習で課題を出して終わり。つまり、授業はせずにいました。
それでも、何かしら教務をこなさなければならず、学校に出勤していました。
なので、オンラインでもA君がちゃんと授業に参加しているのは耳に入っていました。
私は、A君の健気なこの思いと行動になんとか応えたいと諦めわるく部活が出来ないか?試合が出来ないか?探していましたが、
実際のコロナの影響を受けたこの地域のダメージはデカく、、、絶対に無理なのだと気付かされました。
そんな中で、最後の手段だと思っていた事、、、。
それをする決断を下すことにしました。
私は最後の手段を移行する為に準備を進め始めました。
学校登校の目処が立たない10月の初旬、、本来なら、、コロナがなければ中学校は新人戦の季節でした。
この日は休日でしたが、当番のため私は1人で学校に出勤していました。
私は昼前にA君のご自宅に電話をかけました。
出たのはお母さんでした。
社交辞令のような挨拶を3.4言終えた後に、部活動の事でA君に確認をしたい事があるとお伝えすると、A君はまだ寝ているとの事でした。
起きたら学校に連絡をする様にお願いでき、私は学校で1人業務を行いました。
お昼を回った頃に学校にA君が訪問してきました。
電話が来ると思っていた私は驚きましたが、正直に会って話したいと思っていたので、嬉しく思いました。
私以外誰もいない職員室にA君を通し、椅子に座ってもらいました。
「話って、、試合の事ですか?先生。」
「うん、、、本当にごめん。」
私は率直に謝りました。
A君は全て察していたかのようで、
「いや、、流石にコロナでこんな状況なのに無理っすよね。
俺も受験とかあるし、、、。こう見えても高校は行きたいんで、無理出来ないから。」
「でもね、先生。そういう風に色々頑張ってくれたのは凄く嬉しかったんで、、感謝はしてます。
はっちゃけようとは思いますけど、この状況下だと流石に、、、ね。」
「まあ、、コロナ明けたら警察の御用にならない程度に、遊ぼっかなっとは思ってますけどね。」
A君は私の言葉を、、言い訳することを見越して、ひたすらに言葉を続けて言いました。
きっと先生のこんな姿は見たくないのだろうと、察しました。
「A君、、確かにコロナ禍で、、実際コロナが本当に怖い世の中だけど、、、。」
私はA君を見つめて話を続けました。
「試合や部活は出来ないけどね。もし、A君がそれでも良ければ、、、私と試合をしないかな?
これ、バレたら大問題だから内緒での話なんだけど。」
A君は不用意な提案に驚いていました。この時は冗談だと思ったかもしれません。
「柔道場を使うのがバレただけでも大変な事になるから、日時は限られたタイミングになるんだけど、私が試合の相手をするから、、
A君の気持ち、、、。
この3年間の思いや、コロナに対する怒りも全部ぶつけて欲しいの。そこで勝つにしろ負けるにしろ、A君の中で残っているモヤモヤを全てケリつけよう。
そして新たなスタートを切ろうよ。」
「あ、でも、コロナが怖いとかあると思うから、無理じゃないよ。A君がもう心の整理ついてるなら、試合しなくてもいいからね。」
A君は喜びとも戸惑いとも怒りとも取れる、不思議な表情をしていました。
「心の整理、、、?つくわけないでしょ!!!
おれは今日まで、ずっとモヤモヤしてきたんすよ?
先生は分かりますか?俺がどんだけ頑張ってきたか?最後の試合に賭けてたか、、、、」
ふー、、っと大きく息を吐き、A君は続けました。
「いくら頑張っても、、どんなにお願いしても、無理なものは無理で大会も部活も中止、、。
こんなんで、はい分かりました。なんて、納得できないです!」
「だから、正直期待してなかったけど、、、先生の試合の提案。俺の事よく分かってくれる先生だから、我慢して話聞いたし、言うこと聞いてたけど、、、」
A君は今まで抑えていた感情が爆発してしまった様で、自分でも何を言いたいのか分からなくなってしまっていました。
少し息を整えたA君は、さっきの感情剥き出しとは打って変わって、冷静に話し始めた。
「ね?今の言葉のように、、おれ、、本当はめちゃくちゃ思う事ありますよ。もし、先生と試合するってなったら、俺のこの思い全部出ちゃう。それでも先生は試合してくれるんですか?
受け止めてくれるんですか??」
私は真面目に、そして素直に答えました。
「もちろんだよ。試合しよう。」
「先生、、覚えてますか?
俺が2年の頃に、先生が直接乱取り稽古してもらってたじゃないですか。」
「覚えてるよ。」
私は覚えていました。乱取り稽古は試合形式に技を掛け合う練習です。
3年生が抜けて、2年生はA君だけしかおらず、1年生はまだまだ実力不足。1年生の練習にはなっても、対等に乱取り出来る部員が居ないため、私がA君の乱取り稽古の相手になっていました。
私の乱取り稽古は1年生が実力が着くまでは続きました。
「あん時は乱取り稽古で全然先生の事を投げられなかった。いつも僕が投げられてましたよね。」
「うん。まあしょうがないよ。私強いし。A君も強くはなってたけど、経験もまだまだだったから。」
「その態度がムカついてたんすよ。」
いきなりのカミングアウトに私は驚きました。
A君は気にせずに続けます。
「乱取り稽古で指導してくれるのは感謝してますけど、その見下した考え。めちゃくちゃ鼻につきます。」
私は見下してるつもりはありませんでした。
「だから、いつか見返そうって決めてて、、。まさか、本当にリベンジ出来る日が来ると思ってなかったですけど。
だから嬉しいです。」
「先生は小さい頃から柔道してきてそれなりに結果出してるから自信もプライドもあると思いますけど、俺がズタズタにへし折ってやりますから。
所詮、先生も女でしょ?俺が本気でやれば俺の方が強いと思うんで。」
私は、A君の発言に心を刺されたようにショックを受けましたが、直ぐに怒りも込み上げて来ました。
私は、男だからという理由で女性に負けないみたいな思考に嫌悪感があります。
元々気が強い性格です。売り言葉に買い言葉で私も応戦しました。
「A君は心の底まで腐っちゃったの?そんな事考えてたの?心底軽蔑するわ。」
「出来るもんならしてみなさいよ!その腐った性根も叩きのめしてあげるから!」
A君はフンと笑い、
「楽しみにしてます。怖くなって逃げないでくださいよ」
と言いました。
日時については後で決めることとなり、私とA君はLINEを交換し、A君は帰って行きました。
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