伸ばした両腕を頭の上で合わせ、左右水平にして停止。
左脚を前に出して上半身の姿勢を保ち体つつ、そのまま前に移動して右脚を残して後ろに伸ばす。
程よい肉付きをした下半身の筋肉が最大限に機能を発揮、スパッツに包まれた贅肉のない魅力的な臀部がこれでもかと主張する。
スポーツブラから出ている肩甲骨が艶かしく、うなじから汗の粒が流れ落ちる。
健児は他の受講生に混じってヨガに汗を流していた。
スポーツジムがある建物内にはヨガを行うスタジオや、エアロビクス、ジャズダンス、ボルダリング……総合的に体を動かせる場所になっていた。
そこでひとりの女性に出会ったのだ。
彼女がヨガのスダジオに入っていくのを見て、いても立ってもいられなくなった。
女に混じって真面目にヨガをする野郎を見下していたが、健児はその門を潜った。
初めは体が固くて変な形にしかならない自分を見て、笑いを堪える女性たちに腹がだった。
不屈の努力でマスターした今は、筋肉が隆々としたこの体に見惚れる女性が居ることに自尊心が擽られていた。
週に2回、多いと3回姿を見せるあの女性に会えるのが楽しみになのだ。
今日はグレーのスポーツブラだった。
汗が染みて白いTシャツに張り付き、猫のポーズでこちらに突き出されたヒップに浮き出るTバック。
普段は何をしている女性だろう、知りたいがそれを調べる術はない。
シャワーを済ませて外で密かに待った。
何をするわけでもないが、普段着の姿をあまり見たことがないので遠目からでも見ていたかったのだ。
白いブラウスに水色の涼し気なスカート、清楚な彼女のイメージと合っている。
少し大きめのトートバッグを肩にかけているのは、身につけていたスパッツやスポーツブラが入っているに違いなかった。
駅の方向に歩いているということは、これから電車に乗って帰宅するのだろう。
車で来ている自分はそこまで追えない、ストーカーになるわけにはいかないからここまでか……すでにストーキングをしている自覚のない健児は都合よく自制しているつもりだった。
このまま駅に向かうと思っていた女性が店の前で立ち止まる、たこ焼き屋だと分かって好感が持てた。
ついでだから自分も買って帰るか……健児は彼女の後ろに並うと、あと15メートルほど手前まで歩み寄っているところだった。
財布でも出そうとしているのか肩にバックをかけたまま、片方の取っ手をずらして中を探る彼女。
上手く探し出せないのか、もう片方の取っ手を肩から外したときだった。
いきなり彼女のトートバッグを引ったくり、逃走始めるガキを目の当たりにしてしまった。
転倒をして動揺をする彼女を見て、迷うことなく追走をしていた。
自分がこんなことを出来るとは……意外に思いながらも走った。
煙草も吸わない元気な肺がこの時ばかりは役にたった。
筋肉をつけた体が重いが、やたらと脚の早いガキをひたすら追い続ける持久力はまだ余裕がある。
後ろを時々振り返りながら走るガキの脚が鈍ってきた。
どうせ煙草をやっているのだろう、若いからといって肺活量の衰えたその体ではそろそろ限界が近いはずだった。
オラーッ!叫んでやるとガキが足をもつれさせて転倒、2回転して立ち上がるとトートバッグを放りだして逃げていった。さらに追いかけることはできたが、バックには彼女の財布が入っている筈だ、急いで散乱する中身を拾い集めなければならなかった。
定期券、会員証、ハンカチ、小さなポーチ2つと大きめの巾着袋、財布も無事に回収できた。
進藤玲子、という人らしい。
体温が上がった体に汗が吹き出す。
女性物のトートバックを手に気恥かしさを覚えるが、彼女に渡したい一心で来た道を戻る。
夢中で追いかけて気づかなかったが随分と走ってきていたようだ、乳酸の溜まった脚が重い。
ふと巾着袋とポーチが気になった。
駄目だ、見ちゃだめだと思うほど気になってしまい、誘惑には勝てなかった。
ビルの裏手の陰に隠れ、まずはポーチのひとつを開ける。なんのことはないコスメポーチだったのでバックに戻す。もうひとつを開けてみた。
やや厚みのあるふわふわした物と薄いタイプの物、いずれも商品名が記されたパッケージに入った2種類が出てきた。
生理用品のナプキン、衛生用品のパンティライナー、健児は一気に興奮を覚えた。だが当然新品で未使用、残念ながら戻す。
ナプキンは分かるが、彼女はなんとパンティライナーを愛用するのか………俄然、巾着袋の中身が気になって焦る気持ちを抑え、開けてしまった。
彼女の汗の臭いに海綿体へ赤い濁流が流れ込む。
彼女の着ていた白いTシャツ、グレーのスポーツブラ、黒いスパッツが性格を表すように綺麗に畳まれた状態で出てきた。
酸っぱい芳醇な臭いに、頭がクラクラする。
あっ!と思った。白いパンツが出てきたのだ。
あれ?っと疑問を覚えだが、畳まれたパンツを開いたら重ねられたグレーのTバックが現れた。
ちょっと考えて導き出した答えは、こうだ。
彼女もとい進藤玲子は、履いていた白いパンツからTバックに履き替えてヨガ。シャワーで汗を流した今は、持参していた着替え用のパンツにまた履き替えてるのだろう。潔癖というか、女は面倒な生き物だ。
だがクロッチを確認して、考えを改めなければならなくなった。
白いパンツにはなんとパンティライナーがついたままになっており、もう凝固していたがかなりの黄色いおりものが付着していたのだった。
健児は持ち帰りたい気持ちを泣く泣く諦め、代わりに固まったおりものを舐め取り、舌の上で溶けてヌルヌルする塩味は楽しんだ。
あまり綺麗に舐め取らないように気おつけて、今度はTバックに取りかかる。
さすがにスパッツに形が響くのが気になるのか、それ用のパンティライナーは付けないようだ。
細く面積の狭いクロッチ部分は食い込んだ割れ目から剥がれた痕跡がそのままに、コットン製の生地には湿度たっぷりの新鮮なおりものが付着しているではないか。
健児は唇を押し付けてヌルヌル感を楽しみ、舌先で少し舐めるに留めて急いで元に戻すと、玲子のもとに急いだ。
その一部始終を観察する男がいたとも知らずに………。
不安そうに右往左往する玲子が待っていた。
ーーー犯人には逃げられてしまって…申し訳ない。だけどこれは取り返したから…全部あると良いけど……
確認しろという健児に促されて玲子は中を見る。
投げ出されたことが分かるものだったが、失った物はないように見える。巾着袋などはこの場では開けられないが、逃走中に物色する時間があったとは思えない。
問題は財布の中身だったが………。
俺なら財布を確認するよ、見ておかないとだめだと思うよ………
玲子がそうしやすいように促してくれたから、従うように確認をすることができた。
問題はなく、失ったものは何もないことが分かった。
………ありがとうございます、みんな有りました。
あの、お礼がしたいから連絡先を教えて頂けませんか?
そういう玲子に健児は言った。
ーーー災難にあったんだから気にしなくて言いよ、みんな揃っていて良かったね。
じゃあ………颯爽と去っていく筋肉質の男を羨望の眼差しで、玲子は見送る。
ぶっきらぼうだがそれは照れ隠しの裏返しにしか見えず、本当の誠実な彼の人柄が透けて見える気がしていた。
世の中はまだ捨てたものじゃないと、久しぶりにあったかい気持ちになった玲子。
新たにたこ焼きを入れられたトートバッグを肩に、駅へと歩きだす。
身に着けていた下着を悪戯されたことも知らずに……。
ああ堪んなかったなぁ、もう一生あんな幸運はないんだろうなぁ………
駐車場の自らの車に乗り込む。
エンジンをかけようとしたときだった。
いきなり助手席に見知らぬ男が乗り込んで来たのだ。
健児はギョッとして身構えた。
ーーーよぉっ、べつに襲うってんじゃないからそんなに身構えんな。
あの女の臭いと味は良かったか?……全部見てたぜ?
あ〜あ違う違う、脅そうってんじゃねえんだ。
あの程度で満足なのか?
健児は言う。
ーーーなっ、何だよ
ーーーだからあれだけで満足なのかと聞いてんだがな
同じヨガに通ってケツを羨ましそうに眺めて、たまたま下着に舌鼓を打てたらそれで満足か?
自分のことを調べられている不気味さに言葉を失い、健児は恐怖を覚えた。
ーーーあのな、何が言いたいかと言うとな、あの女とデキル方法を知っているんだが、聞きたいか?
健児は意味が理解できず、言った。
ーーーなに言ってんだ、あんた
ーーーあ〜信じてないな?
ほら、これを見てみな………
携帯の画面を向けられ、見た。
そこにはあの女、進藤玲子らしい人がよがり狂う姿が映しだされていた。
動画だったので音声からは艶めかしい声や、卑猥な音がそのまま聞こえるではないか。
ーーーこっ…これって、本当にあの彼女なのか?
健児の問いに、男が答える。
ーーーまっ、最初はみんな、そう言うわな。
どうする、ルールは絶対だ、それを生涯守るのが条件だ。そうすりゃ女はいくらでもいるぜ?
あ〜そうそう、女ひとり、これでその日はやりたい放題だ。
聞かされたルールは女を壊さない、秘密は生涯に渡って他言しない、この2つだ。
もし破れば、人知れず消えることになると脅し付きだった。
ウチも商売なんでね…そう男は言った。
提示された金額は決して低くはなかったが、その月は贅沢さえしなければ凌げる額といえた。
健児はさっそく男と契約を結ぶと、振込先を教えられていた。
裏社会の怪しげな臭いがプンプンしたが、深くは聞かなかった。
後日、金を振り込むと、日時と場所を指定をしされた。
まだ完全に信じきれず騙された感が拭えないが、その場所には本当に進藤玲子、その人がいた。
堪らなかった。
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