カランッ…………
氷の崩れる音が、耳に心地いい。
汗をかいたロックグラスの中で、琥珀色の液体が優雅に揺れる。
風呂上がりの火照った身体を落ち着かせ、すぅ~っと汗が引いていく。
玲子は2杯目をグラスに注ぎ、今度はソーダで割った。
見た目にはスコッチウイスキーに見えなくもないが、玲子はアルコールに強くはない。
3ヶ月前に青梅と完熟梅を瓶詰めにして、氷砂糖で漬け込んでおいた物が出来上がったのだ。
玲子特製の梅シロップ。
完熟梅だけだと甘すぎて、青梅を混ぜると酸味が出てちょうど良くなる。
水で割るだけで美味しいし、ソーダ割りにしたらそれだけで格別なのだ。
シュワシュワした刺激が喉を通り過ぎると、後を引く。
お代わりを作ろうとして、氷がないことに気づいた。
…………もうっ!
嘆いてみても無いものはない。
どうしようかしら……
アイスクリームは太りやすいので控える代わりに、これだけは我慢したくない。
飲み過ぎれば意味はないのに、読書の友にこれがないのは寂し過ぎる。
今から買いに行くしかないか………。
玲子は自分の格好を確認する。
部屋着のTシャツワンピース。
今から着替えるのは面倒くさいし、こういう時は大着をしたくなる。
カーディガンを着ればいいや……軽く考えて財布だけを持って外に出ていった。
コンビニから出てきた玲子は氷の入った袋を手からぶら下げて、生温い夜風に当たりながら家路を急ぐ。
歩道橋の階段を登りきった時だった。
誰かが道路の下を覗き込むようにしていたのだ。
若い男性らしい彼は身を乗り出そうとしていた。玲子は手に持つ物をその場に落として、走り出した。
………なにやってるのっ!
普段の玲子を知る者が見たら、どこにこんな力と勇気を秘めていたのかと思うだろう。
玲子は彼を引き摺り降ろした。
尻餅をついて呆然とする彼を見て、玲子は口を抑えて驚きを隠せなかった。
彼は玲子の教え子だったのだ。
…………研二くん?……研二くんじゃないのっ…
焦点の合わない瞳が宙を彷徨い、玲子に止まった。
ーーーあれ………玲子先生?
髪はボサボサで無精髭を生やし、薄汚れた服を着た身体からは悪臭を放っていた。
頬は痩けてかつての彼は見る影もなかったのだが、間違いなく彼なのだ。
ボロボロの彼を自宅に連れて還り、浴室に放り込む。
その間に玲子はもう一度外出し、身の回りの物を揃えて帰宅すると、彼のために消化の良い食事を作り始めた。
食事を終えた彼の前に、玲子特製の梅ジュースが置かれた。
それを一口飲んで、涙をこぼして彼は話し始めた。
確か彼は、演劇の道を歩んでいたはずだ。
信じていた彼女に騙されて借金を負わされ、彼は恐喝の被害にあっていた。
その詳細を聞けばきくほど玲子は、腸が煮えくり返った。
情事を隠し撮りされ、それをネタに彼から金銭を巻き上げていたのだ。
美人局という言葉が浮かぶ。
然るべき対応を取れば、解決する問題ではない。
映像が世に出たら、永久日消えることはない。
玲子にも苦い経験があった。
………大丈夫、先生にその手のことに精通する知り合いがいるの、だから待ってて。
玲子の腹は決まっていた。
ーーーその手のことに精通する知り合いねぇ……
………あら、違うの?
ーーー言ってくれるなぁ
………するの?…してくれないの?…そっちにも利益はあると思うけど
ーーー分かったよ、あんたの頼みじゃ断れねぇよ
………あたしの頼み?…頼んでないわよ?…利益になる話を教えてあげただけ、分かる?
ーーーあぁ〜分かった、分かったよ……あんたにゃ敵わねぇなぁ~まったく……
闇の世界の住人は頭をボリボリかいて、がっくりとうなだれた。
かつて玲子を闇の世界に引き込み、地獄の快楽にどっぷりと浸からせて、この男も玲子を味わった。
柄にもなく玲子に惚れてしまい、負い目を抱くようになってしまった。
ーーーまぁ調べてみたよ…俺が言うのもなんだが小悪党だな…被害者は何人もいらぁな…で、どうやる?
………そうね、絶望を味合わせてあげましょう
玲子は研二に相手と連絡を取ってもらい、待ち合わせ場所におびき出すように話をした。
ーーーオレ、先生を巻き込みたくないよ…先生まで被害に会ったらオレ………
………相変わらず優しいね、変わってなくて安心したわ……先生はね、怒ったら怖いのよ?………大丈夫、呼び出すだけでいいのよ……
玲子の包み込むような笑顔を見せるその瞳には、怪しい光りが灯っていた。
ランチタイムに賑わうファミリーレストランは、待ち合わせ場所に相応しい。
どんな相手が来るかと思えば、可愛らしい女の子だった。
ずる賢そうに笑みを浮かべる彼女の横には、これ見よがしに金のネックレスをした同年代の男が立ち、同じように玲子を見て微笑んでいる。
ーーーおばさん、誰?
開口一番に女の子が言った。
ーーーおい、そんな口を聞いたらダメだろ?
女の子は頭が悪そうだが、男のほうは少しは頭が回りそうだ。もっぱらこいつが指示役だろう。
男画が言う。
ーーーで、持ってきてもらえました?
いきなり金銭を要求してきた。
玲子も言った。
………ここではなんだから、車の中でお渡しします
2人は顔を見合わせて、ニヤリとしていた。
スモークフィルムを張り巡らせた高級ミニバン……メルセデス・ベンツを見て金持ちだと思わせる。
後部座席に2人が乗り込んだところで、どこからともなく現れた男が乗り込んできて、ドアがロックされた。
ーーーなっなんだよオッサン!
男が気色ばむと、闇の男は冷静にこう言った。
ーーー若いっていいなぁ…まっ、頑張れや
そう言う闇の男の手には、モデルガンが握られていた。
ただモデルガンにしては、あまりにも精巧に出来すぎていた。
男は赤い絨毯が敷き詰められた部屋に連行され、ひとりポツンとしていた。
四方をコンクリートの打ちっぱなしの壁に囲まれ、部屋のまん中に大きなベッドが鎮座していた。
施錠されたドアが開く音に、男が振り向く。
そこには屈強な身体をした男が2人、立っていた。
髭は綺麗に剃られているのに四角い顎は青く、頭は坊主、白いお揃いのブリー1枚だけの姿だった。
ーーーなっなんだよおい……来んなよ……こっち来んなよ!
怯える男を見て、屈強な彼らは太い声で言った。
ーーー美味しそうね……ほんと、美味しそう……
舌舐めずりをしながらブリーフを脱ぐと、自販機に並ぶ細い缶コーヒーほどの太さのあるペニスが、見事に天を向いていた。
2人のうちの片方が男を羽交い締めをし、もう片方が衣類を剥ぎ取っていく。
全裸にされた男は巨根を咥えさせられ、もう片方の後ろから受ける衝撃に涙を流していた。
部屋中に男の絶叫が響き渡った…………。
女の子は5人のおやじに囲まれていた。
ーーーいや…来ないで…来ないで…触らないでっ!
剥げおやじ、脂ぎったデブ、巨根もちのチビのとなりには包茎の長身、無駄に筋肉質な極短極太のペニスもち。
ジリジリと間合いを詰めて捕獲した女の子の暴れる身体を抑え、身包みを引っペ剥がした。
ある者は下半身に取りつき、ある者はペニスを口に突っ込み、ある者は貧乳にむしゃぶりつき、残りの2人はそれぞれペニスを握らせた。
ひとりが挿入し、遅漏の長いインサートが始まった。
口汚い罵倒を吐いていた女の子もいつしか静かになり、しつこく突かれているうちに恍惚の状態に変化を遂げた。
1人目がやっと終わると間髪入れずに二人目が入り、本気のオーガズムを迎えた。
当然そのおやじが終わるまで続き、すぐに三人目、四人目………五人目遂げた続く。
一人辺りが3〜40分はかかり、一周するまでに三時間近くぶっ通しで続けられた。
彼女は回復期間を与えられ、長期間に渡って数かぎりなく貫かれた。
その結果は精神を病むことになったが、セックス依存症となって自ら腰を振るまでになっていた。
彼らは半年後に僻地で発見され、精神病院に収容されたという…………。
研二が玲子の部屋に来てから2週間が過ぎようとしていた。
まだ危なっかしいが、精神的には落ち着いてきたようだ。
いつまでも置いておくつもりはないが、その時が来るまで玲子は待っていた。
その兆しはあるのだから………。
洗濯機の中に入れた下着が物色されるようになり、クローゼットの中も多分、見られているだろう。
死んだような目をしていたが、性欲が戻るようになればもう安心できる。
だがいつまでまっても手を出してこない。
そうなれば、体よく旅だちを促せるのに……。
その夜のことだった。
夜中にトイレに行きたくなった。
玲子はリビングのソファに眠る研二を起こさないように、静かに通り過ぎるつもりだった。
暗闇にも彼がそこにいないのが分かったのだ。
ベランダにもいないとなると外出でもしているのだろうか………こんな夜中に。
思わず考え込みそうになった玲子の耳に、物音が聞こえた気がした。
トイレにいるのかもしれない。
でも、違った。
彼は洗濯機の前に座り込み、玲子のショーツを嗅いで自慰をしていたのだ。
もう潮時だ、朝になったら出ていってもらおうと冷めた目で彼の後ろ姿を眺め、その場から遠ざかるつもりだった。
彼の背中が小刻みに震えだした。
小さなすすり泣く声が、その状況には相応しいわけがない。
不意に彼が振り向いた。
身を翻すタイミングを失った玲子は彼の目を見て、ハッとした。
彼が手に握るペニスは萎えたままで、彼の目は、歩道橋で会ったときのように死んだ目をしていた。
玲子は胸騒ぎがして、そこから動けなくなっていた。
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