「大輝がああなったことも、あなたに全く責任がないということですね、わかりました。とことんやりましょう」
すでに白石は落ち着いた口調に戻っていた。
「卑劣なのはどちらか、世間が
決めてくれる筈ですから」
再び、綾乃の顔から血色が失せた。
マスコミの正義を気取った無神経で執拗な取材が、綾乃には
恐ろしくてたまらない。
イジメ問題であることないこと
書き立てられ消えていった教師は
少なくない。
偽善者とはまさに彼らのことを
言うのだろう。
「藤村先生も夢であった教師を続けられる折り合える案だと思ったんですが……それに先生のお父さんも中学の校長をされてるみたいだし、お母さんは心臓の調子があまり良くないと聞いてます。
大丈夫かな……いや本当に……」
わざとらしくどこで調べたのか
白石は綾乃の母親の病気の事まで口にする。
母の心臓疾患は心筋梗塞で今は
治まっているもののストレスが
かかればどうなるかわからない。
父は責任感が強く、娘の不祥事が発覚すれば職を辞するだろう。
綾乃は尊敬する親の事に触れられ、心が急速に反発力を無くしていく。
教師の職も様々な紆余曲折を経て貫いた道だ。
それを捨てることは考えられない。
女教師は唇を噛みしめ、涙を滲ませた目を白石に向けた。
「さあ、どうするんです。先生に誠意はないんですか?
もう、猶予はないんですよ」
白石はノートを掴み立ち上がった。
「許してください……本当に悪いと
思ってます。でも、わたしにも弁明の機会をください」
綾乃は椅子から立つと床に正座して頭を擦りつけた。
人間はどんな理想や信念が
あっても追い込まれると弱いもの
なのだ。
「土下座ですか?話しにならない。
その場凌ぎのいい逃れが一番
わたしは嫌いなんだ!」
勢いよく白石が蹴り上げた椅子が
キャビネットのガラスを砕いた。
綾乃は口を押さえ嗚咽のような声を漏らした。
「泣いてすむか!怠慢教師ッ!」
とどめとばかりに白石の恫喝がとんだ。
「わ……わかりました……おっしゃる通りにします……だから……そのノートだけは……」
「じゃあ、決まりですね……先生の贖罪を大輝に代わって親のわたしが受け入れましょう」
白石は好色な顔を剥き出しにして
口元を歪めた。
「わあァ」と泣き声を上げ、若き女教師はガックリと首を折った。
白石の寝室は和室に布団を引いただけの簡素な佇まいであった。
万年床に突き転がされて、綾乃のは悲鳴に近い声をあげた。
後ろ手に襖を閉めた白石は
好色な顔を喜びに輝かせ口元を
歪めている。
紳士的な最初の頃の面影はすっかり消えていた。
「誰も助けにこないよ。
覚悟したんだろう。センセ、優しくするからな……」
口調までも変わってしまっていた。
そういえば、この白石の職業は
わからない。
自由業だということだが、うすら寒いものが綾乃の腹の底から込み上げる。
白石が覆い被り唇を奪おとすると顔を捩って女教師は抵抗する。
白石は頭頂部の髪をグイッと引っ張り、綾乃の頬を軽く平手で張った。
「ソフトコースじゃなくて、ハードコースをご希望ならそうしますよ、藤村先生…」
綾乃は全身から力が抜けていくのを感じていた。
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