完全には飼い慣らせぬ、そして成長を続ける獣を裡に秘めたまま時は流れ、コダマは中学三年生になっていた。
夏休みが終わった直後、未だ残暑が残る或る日の放課後、とある男子生徒に少女は呼び止められた。
昨年、同じクラスだった少年である。
一緒にクラス行事を取り仕切ったこともあり、比較的、親しい間柄ではあった。
人の気配が少ない特別教室の並ぶ特別棟。
話したいことがある、と他の生徒が通り掛からなそうな場所にコダマを誘う男子生徒。
二人きりになった瞬間、唐突に少年は少女に好意を告げた。
少女の胸は高鳴る。
気にしていた異性から好意を伝えられるシチュエーション。
何度か空想したことはある。
だが、生まれて初めての経験であった。
嬉しい。
誇らしい。
恥ずかしい。
・・・どうしよう・・。
有頂天という程ではないが、やはり初めての経験に気分は浮き立つ。
浮き立ちながらも戸惑い・・・そして困惑していた。
何と言えば良いのか。
正直に気持ちを伝える以外の選択肢は想い浮かばない。
「・・ありがとう・・。」
『凄く嬉しい』
そこまでは伝えることが出来た。
真実の気持ちだった。
彼の気持ちに応えることが出来るのだろうか。
いや、応えて良いのだろうか。
応える資格は・・あるのだろうか。
父と交わる自分には、彼の誠意に応える資格があるのだろうか。
既に男性経験がある、非処女である・・それ自体も後ろめたい。
むしろ、それよりも継続的に父と性行為に耽り、今後もその関係は続くに違いない自分。
しかも、少女はその禁断の関係、行為に耽溺しているのだ。
少なくともコダマには、この事実を隠したまま彼の誠意に応えるべきではないと感じていた。
同時にこの事実を少年に明かす勇気は無かった。
「凄く嬉しい・・だけど・・・」
母親不在の父子家庭である。
家事を切り盛りしなければならない。
幼い妹の面倒を見なければならない。
今年は互いに受験生である。
これらも全て事実だ。
事実を伝えて誠意のある対応をしなければならないと感じていた。
伝えることが可能な事実、そして伝えることが不可能な、或いは伝えるには忍びない事実。
これらの事実の全てを総合したものを真実だとするのであれば、真実を伝えることは出来ない。
「だから・・ごめんね。でも・・ね、本当に嬉しかった。それは・・本当だよ・・。」
そう小さな声で伝えると、少女は少年の横を足早に擦り抜けて昇降口に向かう。
靴箱の中から取り出した下履きの靴に履き替え、コダマは帰宅の途に着いた。
歩きながら、いつの間にか自分が涙を流していることに気付いた少女。
それも往き交う人々の戸惑うような表情や視線により気付いたのだ。
堕ちてさえいなければ・・。
穢れてさえいなければ・・。
コダマには分かっていた。
妹を父から守る為、自らの躯を捧げる。
確かに当初はその一心であった。
だが、今はどうだろう。
勿論、妹を守る為に必要な行為ではあるが、真の目的ではなくなっているのは事実だ。
大義名分の下、自分自身に嘘をつきながら背徳の行為と悦びに溺れる自分に、年頃に相応しい人並みの幸せを味わう資格があるとは到底、思えなかった。
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