読み進むうちにコダマは、朧ろげながら概要を理解していく。
男性器の勃起の仕組み。
様々な原因、体質的、心理的、過労、加齢、或いは病気、薬物の副作用により生じる男性機能の不全。
性行為が出来ない・・?
「だ、だって・・お父さん・・」
・・あたし・・を・・
・・無理矢理・・
そこから先を口にすることは憚られた。
打ち拉がれ、悄然とする父をこれ以上、追い詰めるには忍びない。
だが、このまま曖昧なまま話を終わらせることも出来なかった。
自分自身の為に、父の為に、そして何よりも妹の為に。
「俺は・・ノゾミ・・母さん以外には・・女を知らないんだよ・・。」
自嘲的に呟く父。
母・・ノゾミ以外の女性の前では、性的不能者となってしまう男。
原因は分からない。
十代の終わり頃からだという。
医療機関の診察も受けた。
食餌療法、生活習慣、果ては催眠術までも試したが効果は無い。
勃たないのだ。
自慰に耽ることすら、儘ならなかったのだと言う。
「コダマには・・難しい・・かな。」
苦笑いを浮かべる父は、恥じていた。
男としての欠陥を。
母に依存する自分を。
そして何より、仮にも娘と呼んだ存在に狼藉を働いた事実を。
十代の終わりから母、ノゾミとの出会い迄の十年間に渡り、父が射精に至る手段は夢精しかなかった。
溜まりに溜まった性的な欲求不満を受動的に、かつ不定期に解消する以外、術が無かったというのだ。
「自分で自分のことを・・」
・・最低だと思ってた・・。
「・・分かる・・よ・・。」
思わず言葉にした瞬間、コダマの頬が朱に染まる。
俯向きながら言葉を紡ぐ少女。
身の裡に潜む幼く、されど淫らな欲望。
眠れぬ夜、眼が覚めれば下着を汚していたことも何度かある。
淫夢にうなされ、汗まみれで眼を醒ましたことさえあった。
気になっている男子を、或いは見知らぬ男を夢想しながら、手を、指を蠢かしていたこともある。
誰にも話したことは無かった。
誰にも話せない内容にして性質の、思春期の少女が裡に秘めた想い。
「そうか・・。大人になったんだな。」
父に他意が無かったことは分かっていた。
だが、幾つか存在する『大人になった』の意味が、今この場では洒落にならない。
互いに頬を強張らせ、苦笑いを浮かべるしかない父と義娘。
「初めて母さんと会ったのは、取引先との懇親会だった。」
産休明けだと言っていたので、コダマが産まれて一年経つか経たないか、といった頃らしい。
何故か父は母に心を惹かれていった。
理由は父にも分からない。
だが、いずれにせよ人妻であり、一児の母親なのだ。
自分とは住む世界が違い、接点も少ない。
そう思っていた矢先であった。
複数社合同のプロジェクトが発足し、父と母はその一員として選抜される。
距離を縮めていく二人。
だが、それは互いに立場を弁えた上での、プロジェクトメンバーとしての関係であった。
しかし、プロジェクトの進行中、ノゾミは連れ合いの急死という憂き目に遭う。
・・母一人、子一人で頑張るしかないの。
そう呟いて薄く笑うノゾミの顔が、今尚、脳裏に浮かぶ父。
「母さんから再婚の条件を聞かされたことがあったんだよ・・。」
『あたしは勿論だけど、娘、、コダマを自分の子供と同じくらい大事にしてくれないと駄目。』
だが、それは担保されにくい条件であった。
特に後半については、だ。
再婚後、実子が産まれた後のことは約束出来ないし、条件自体、その達成基準が難しい。
だが、不能者であれば実子を持つことは叶わない。
であれば、義娘に対する接し方は比較する対象が存在しない為、タスクはクリア可能だ。
恥を忍んで父は母に提案をしてみた。
『不能・・って?』
訝しげな表情を浮かべる母からの問い掛けに対し、過去の経緯、現在の状況、今後の見通しを説明する父。
『んー。でも、あたしを大事にするっていうトコは、どうなっちゃうわけ?』
絶句する父。
確かにそうだ。
肉体的に愛することが出来ないのであれば、妻としては大事にされている実感は湧き難い。
悄然と俯く父に対し、暫し考えた後に驚くべき提案をする母。
『・・一度、試してみよっか・・?』
仰天しつつも戸惑う父。
父としては苦痛でしかない提案。
性的不能者であり、男性機能を損なっている事実を告げることすら、自尊心が傷つく。
それを好意を寄せている、しかも仮にもプロポーズをした女性の前で証明させられるのだ。
渋る父。
だが、何故か母は乗り気であった。
半ば強引に二人は性行為を試みる。
コダマとしては内心、複雑である。
時系列的に考えれば、当時のコダマは三歳か四歳。
・・ふーん・・
・・あたしを放って・・
そんなことしてたんだぁ・・。
・・別にいいけど、さ。
気を取り直し、話の続きを促すコダマ。
「・・で?どうだったの・・?」
「・・ダメだった。だけど・・」
意外なことに母は父からのプロポーズを受け入れるというのだ。
「え?何で?意味、分からない。」
「だよな。でも母さんが言うには・・」
父の心意気を買ったというのだ。
不能者であるというセンシティブな秘密を明かしてまでプロポーズをしてくれたのだ。
葛藤があったことは想像に難くない。
相当な覚悟を決めたに違いない。
『きっと、あたしとコダマを大事にしてくれるんじゃないかな、そう思ったの。』
・・それに少なくとも躯目当てじゃないってことは分かったし・・。
屈託なく言い放った母。
戸惑いを隠せない父。
いずれにせよ、二人は人生を共にする覚悟を決め、入籍とともに共同生活を開始した。
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