リラクゼーションサロンの恥罠25
懐妊の報告から暫く経って、ある日未知子が、ふらっと店を訪れた。
その彼女の出で立ちは、以前とは比べ物にならない程、地味で有った。
ゆったりとした、すね迄は在ろうかと云うワンピースと、ヒールの無い可愛いサンダルである。
宏「未知子さん、どうしたんですか?」
「その格好は!?」
未知子「んっ?、ああ、これ?」
「先生がね、こう云うのがいいって言うの!」
「どう?」
「似合ってる?」
宏「ええ!、素敵ですよ!」
「似合ってます」
未知子「うふん!」
「ありがと!」
宏「今日は、また、何でここに?」
未知子「ええ~?」
「用が無きゃ、来ちゃいけないの?」
宏「あっ、いえ、そんな事は・・」
未知子「今日はね、暫しのお別れを言いに来たのよ!」
暫しも何も、滅多に現れなくなったではないか。
とは言えず、彼は彼女に改めて聞いた。
宏「あの・・お別れとは?」
彼女は海外での出産を決断していた。
以前から旧知の仲の友人宅に身を寄せると云う。
彼女は云った。
未知子「宏さん、浮気しちゃダメよ!」
「貴方、美人に弱そうだから!」
彼は心の中で、すみませんと謝った。
彼女に対しては、ただ苦笑するしか無かった。
未知子「ひょっとしたら、もう・・」
「貴方を狙っている人間がここに来ているかも!」
彼女は動物的勘だけは鋭かった。
彼は応えた。
宏「そんな・・」
「貴女以上の女性なんて居る訳無いですよ!」
未知子「ホントに~?」
彼女は初めから疑いを掛けている様である。
未知子「敵は意外と近くに居るものだからね!」
彼女の勘は、更に鋭く冴えて来ていた。
しかし、なにはともあれ短いお別れである。
彼女は最後に彼に云った。
未知子「愛してるよ!」
「私の赤ちゃんのパパさん!」
赤ちゃんパパは余計ではあるが、彼はそう云われて嬉しかった。
宏「僕も愛しています・・」
「赤ちゃんと、そのママを!」
二人は小さくキスをして別れた。
その別れ際に彼女が云った。
未知子「後でマネージャーが来ると思う」
「よろしくね!」
そう言い残して彼女は去って行った。
それから数日後、彼女のマネージャーが現れた。
あの、アキラ氏である。
宏が彼を家の中に通して、お茶を差し出そうとすると彼が出鼻をくじいた。
アキラ「この度は出門未知子が大変お世話になりました」
「些少ではありますが、これは、その御礼の印で御座います」
彼はそう言って紫の風呂敷に包んだ小さな箱を差し出した。
アキラ「メロンです!」
それから彼はバッグから封筒を取り出す。
そして、それを宏の前に差し出すと
アキラ「契約書です!」
と言って彼に手渡した。
彼が中身を検めると確かに彼と未知子の間に交わされる契約書であった。
宏「これは・・この前の?」
アキラ「正式なものです!」
書類は法務事務所を介した物であった。
アキラ「内容をご確認して、ご署名ご捺印を!」
アキラ氏の表情は至って柔らかいものであったが、眼だけは鋭く光っている。
宏は緊張した面持ちで、署名捺印を行ってゆく。
そして、その書類をアキラ氏が手に取って確認すると彼の眼が急に優しくなる。
彼は頭を下げて、こう言った。
アキラ「本当にありがとうございました」
「これで心置きなく未知子を旅立たせる事が出来ます」
宏「海外の話」
「本当だったんですね!」
アキラ「はい!」
「あの子の起っての希望です!」
宏「少し、寂しいかな・・」
アキラ「私もです!」
宏「やっぱり、そうですか・・」
アキラ「ええ!」
「短い間とは言え、ウチの稼ぎ頭ですから!」
「実に厳しい!」
彼は真顔で言っていた。
彼には、それが却って微笑ましかった。
想像以上の信頼関係だなと思った。
彼はアキラ氏を見送って、更に心は一人となった。
この様な濃密な人間関係を築けたのは初めての経験であった。
そんな一抹の寂しさを噛み締めていると、入れ替わる様に堀之内がやって来た。
堀之内「今の人、何て言ってました?」
彼女の問いも唐突であった。
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