第1章 10年後④
一刻も早くこの場を立ち去りたかった玲子は「わかったわ、薫君。早く行きましょう」と、薫の提案を受け入れてしまった。ただ、薫の誠実さあ伝わってくるような気がした。
ボーイも二人の異様を光景を察知してか、オレンジジュースを持ってきた。玲子は「ありがとう」と立ったまま一口飲み、出口へ向かった。財布からお金を出そうとすると、薫がルームキーを出して支払った。ボーイは二人の顔を怪訝そうに見比べたが、何も言わずにルームキーを薫に戻した。
「無理になくてもいいのよ・・」と玲子が言うと、「ちょっと格好つけたくて」とはにかんだ。
(この子は10年まえのままだわ・・・)そう思いながら薫の後からついていった。
エレベーターは24階までしかなかった。そこから上は専用のカードを差し込んで上がるのだった。
玲子にとっても、このホテルのVIPルームは興味があった。市内が一望できる展望ルームもあり、ある外国のアーティストはミニオーケストラを呼んで演奏させたとニュースになっていた。
専用エレベーターの扉が開くと、そこは別世界だった。大きな門扉があり、両側を花に飾られた石段を進むと重厚な扉があった。まるで高級マンションの入り口のようだった。薫は先に一度部屋に来ていたのか、慣れたようにカードを差し込み暗証番号を押して重たそうなドアを開けた.
「先生、どうぞ」と、玲子を先に部屋に招き入れた。
「ずいぶん紳士ね」と、玲子は笑いながら玄関に入り、部屋をぐるりと見まわした。それは興味でもあったが、警戒感でもあった。リビングには大きなシャンデリアに、黒を基調とした、これまた重厚なソファにテーブルが置かれていた。
(ここがオーケストラが演奏したってところなんだ・・・)そんなことを思っていたら、背後から薫が声をかけた。
「先生!ほんとうにあのときはごめんなさい!」
振り返ると、薫がふかふかの絨毯の上で土下座し謝っていた。
「もういいのよ、薫君。頭をあげなさい。あなたが、ほんとうに反省してくれているのはよくわかたわ、だから・・・」
と言いかけた時に、背後の部屋のドアがガチャっと音を立てて開いた。
「かおるが一生懸命あやまっているんだから、そんな言い方はねぇだろう・・・」
玲子は驚いて振り返った。「だ、だれ?」
「ふふふ・・・、先生、お久しぶり・・・。剛志だよ、青木剛志。忘れちゃった?」
忘れるはずがない。薫が進学した定時制の高校で、薫の2学年上だった男だ。この男がレイプの首謀者だ。
「ど、どういうこと?」
玲子はあとずさりしながら、薫の方を見た。薫は床に正座したまま動かなかった。
「薫君、だましたのね!」
玲子はきっと薫をにらんだが、そのスキにも剛志が玲子に近づいてくる。
「やめて、近寄らないで!」そう叫んだ瞬間、玄関入り口の横のドアが開き、もう一人の男が出てきて、玲子を後ろから羽交い絞めにしたのだった。
「ひぃっ・・・だ、だれ・・・?」
それは身長180センチを超える大柄な男だった。
「先生は覚えているかなぁ・・・・、力也だよ。高久力也。覚えてないか、あの頃はまだ中学生だったからなぁ、力也も。」
玲子は思い出した。力也は中学2年のときに主婦を暴行して逮捕され、少年院に送致されていた生徒だった。玲子の顔を見て、剛志が声をかけた。
「思い出した、先生?あん時とは見違えるほどでっかくなったから、わかんないかもね。あの時の中坊も、いまじゃ、りっぱな極道なんだぜ。俺たちだって頭が上がらない」といって剛志は笑った。
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