プールで冷えたらしい。
体調を崩した。
転んで顔を打ってしまった。
急に生理が始まった。
母親に告げた幾つかの言い訳を総合し、七月末迄の一週間近くを自室のベッドに引き篭もる理由付けをしたつもりであった。
事実、その日の夕方から翌々日にかけて私は発熱してしまう。
訝しげな表情を浮かべつつも、夏休みだったこともあり、両親はそれ以上の追求をしてこなかった。
両親には真相を告げない。
いや、誰にも真相は告げられない。
それは警察は勿論、医師の診察すら受けないことを意味した。
『避妊はしたから安心しな・・。』
噴飯ものではあるが、その言葉に私は賭けていた。
何故、ご丁寧に避妊をしてくれたのか。
その理由に思いを馳せる余裕は無かった。
性病や遡及不能な肉体への損傷については、理解すら出来ていなかったのだ。
傷ついた野生動物が、伏して身体を癒やすかのようであった。
一週間もあれば、肉体に対する表面上の傷は癒える。
八月に入り数日が経った頃、憶えのある頭痛と倦怠感に襲われた私は、密かに小躍りした程だ。
あれほど憂鬱だった生理の予兆。
翌朝、トイレで経血が白い便器を紅く汚した瞬間の安堵を私は死ぬまで忘れないであろう。
忘れてしまえばいい・・・・
使い古された表現だが、野良犬に噛まれたに過ぎないのだ。
そうするつもりであったが、出来ない理由があった。
深夜、明け方を問わず、私を苛む悪夢。
その悪夢の内容は、さしたる問題ではないし、ここでは触れたくはない。
嫌な脂汗にまみれて覚醒するのは、私の責任ではないのだから。
問題なのは覚醒した私が、先刻までの淫らな夢に身悶えしている点だ。
決まって下着はグッショリと濡れ、強烈な牝の匂いを放ち、尖がった乳首と厚みを増したクリトリスはじんじんと疼いていた。
恥骨の少し上の辺りに生え揃ったばかりの茂みを掻き分けて、おずおずと指先を秘裂の上端に添えてみる。
谷間の底にある肉の芽が充血し、ぷっくりと膨らみを増していることは分かっている。
その半年程前から、恐る恐る性器に触れながら自慰の真似事をするようになっていた私には、それが意味することを理解していた。
だが触ってしまったら負けだと私は思い込み、しかし煩悶の末、私は常に敗北を喫してしまう。
忌まわしい記憶に由来する淫夢で欲情していることはまだしも、その夢の余韻を利用して自慰に耽ることに対する罪悪感が私を苛み、また罪悪感が大きければ大きい程、手にする対価もまた大きかった。
「夏休みなんだから、何処かに行って来たら?」
元来、出不精の私に対して両親が外出を促す程、その夏の私は家に引き篭もっていた。
文字通り、一歩たりとも家から出ていない。
少なくとも、あの日以来は。
理由のひとつは、単純に怖かったからだ。
例の男達に出くわしてしまったら。
そう考えるだけで脚が竦み、外出する気にすらならない。
また、例の事件のことを知る者がいたら、どうすれば良いのだろう。
そのことについて考えるだけで、身体が硬直し顔が蒼褪めてしまう程であった。
もうひとつ理由があった。
私は八月いっぱい自慰に夢中になっていた。
例の事件に遭うまでにも自慰の経験はあったが、較べてみれば、それまでの自慰は児戯に類するものに過ぎない。
男達により手荒に開発されたことにより、私の中に潜んでいた牝は完全に覚醒してしまった。
大量の汗と愛液に衣服を汚さないよう、下着すら脱ぎ捨てた私は全裸になる。
仰向けになり、うつ伏せになり、果ては横向きに横たわり海老のように背を丸めながら、目覚めたばかりの女の性に耽溺する。
だが、寸前までは辿り着くものの、私は絶頂に達することが出来なかった。
すぐそこ、ほとんど手が届く位置にあるにも関わらず、手に入らないとは。
それでも私は何度となく挑戦し、歯噛みするような想いを抱えながら、尽く敗北を喫していた。
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