また別室に通された私は、座って待つように告げられる。
少女はこの日、何度目かに姿を消した。
待たされている部屋は十畳程の窓の無い洋室、地味ながら品の良い調度が施されついるが、何故か部屋の中央付近にセミダブルのベッドが設えられている。
ベッドというものは普通であれば、壁際など、少しでも邪魔にならない位置に置かれるものではないだろうか。
それにベッド以外の調度品といえば、私が腰を下ろしている小さな椅子が二脚一組と極くシンプルな小テーブルのみだ。
がちゃり
ドアが開き、洗い髪をタオルで拭きながら少女が戻ってきた。
無言で立ったまま髪の水分をタオルに吸わせ続ける少女、と言っても、よく見れば私より多少は歳上のようにも見える。
「・・ヤヨイ・・。」
本名ではないと断った上で、少女は自分をヤヨイと呼べという。
三月生まれだからヤヨイ。
正面の空いている椅子に腰掛けたヤヨイは、催促するような視線を私に投げかける。
戸惑いながら私は偽名を口にした。
五月生まれだからサツキ。
気がつけば、私と同じ一重の薄物を身に付けたヤヨイ、その薄物の生地に覆われた華奢な躯は、それでも丸みを帯び、私に較べれば女として成熟に近づいていることが分かる。
ばさり
ことん
例の封筒と並んで歯磨き粉のようなチューブが、ヤヨイの手によりテーブルの上に置かれた。
今更、封筒の中身なぞ見たくもないが、何も印字されていない灰色のチューブは一体、何なのだろう。
「・・・これはね・・」
ヤヨイは訥々と話し始める。
チューブの中身は特殊な薬物で粘膜からの吸収により催淫効果を発揮する。
その催淫効果は脳内にある受容体の感度を劇的に高めるとともに、一種の刷り込み効果があるという。
「・・・刷り込み効果・・?」
卵から孵化した雛が、最初に目にしたものを親鳥だと認識してしまうアレである。
怪訝そうな表情を浮かべていたに違いない私に向かい、ヤヨイは説明を始めたが、その内容は恐るべきものであった。
未だ性行為、、それが自慰であれ挿入行為であれ、、を経験したことの無い場合、薬物の投与を受けながら経験した場合、最大級の快感を受け入れつつも、その行為が足枷となり、それ以上の快感を受容出来ない躯になってしまうという。
「・・イケないんじゃない・・?」
私は黙り込むしかなかった。
返答は勿論のこと、頷くことも出来ず無言を貫く私。
『イク』という経験こそ無いものの、自慰に耽る際、手の届く範囲に存在しながら、いつもいつも取り逃がしてしまう境地に焦がれていたのは事実だ。
「イケない場合は、ね・・・」
刷り込みが成立している可能性が高く、薬物と、そして私の場合は挿入行為を併用しない限り、果てることは不可能だという。
「・・イケ・・た場合・・は・・?」
思わず話の続きを催促してしまう私に向かい、ヤヨイは続けた。
刷り込みが成立している可能性は、ほぼ在り得ず、このまま解放されることになるという。
だが、その判断は誰がどうやってするというのだ。
一呼吸置いてヤヨイは告げた。
「・・・あたしが、その見極めをするように言われているの。」
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