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鍋にお湯を沸かし、パスタを茹で、フライパンで具を炒める。そしていよいよサラダに取りかかろうというところで、背後に人の気配があった。
「毒でも盛られたら洒落にならないからね」
「そんなことしない」
「なら安心だ」
そして彼は私の陰に身を潜め、何やらごそごそと始めた。
「その包丁で僕を刺すことだってできるのに、何故やらない?」
「あなたとは違うから」
振り返らず、野菜を刻みながら私はそう答えた。
「賢いのか、そうじゃないのか、君という人がよくわからないな」
「あたしのことなら何でも知ってるんでしょ?」
「時に女性は化けるからね」
「人を悪霊みたいに言わないで」
「穏やかじゃないな」
このまま会話を続けていてもメリットがなさそうだったので、私は黙って包丁を振った。すると自分の両足首に手で掴まれた感触があり、それが脹ら脛(ふくらはぎ)を通過して、膝の先の太ももまで到達すると、さらに上ってお尻の肉をまるく撫でてきた。
気にせず私は手元の作業に集中した。その直後に、お尻の穴に何かを塗られる感覚があった。生き物が這っているようにも思える。
不審に思ってそちらを見下ろせば、そこに彼の頭髪が見えていた。私のお尻の割れ目に、彼の顔面が密着していたのだ。
「夜食ができるまでの暇潰しさ」
それだけ告げると彼はまたクンニリングスを続行した。生温かい舌の弾力とか、フェザータッチのような悩ましい動きで、女の割れ目の奥にある二つの穴を舐めまわされる。
私が声を漏らすと、その動きは熱を上げてどんどん速くなる。
べちょべちょ──と湿気った音とともに、キッチンの床には小さな水溜まりができていく。
「甘い蜜がまた垂れてきたよ。いけない子だ。顔は綺麗で大人しそうなのに、こっちはぜんぜん大人しくないじゃないか」
水を含んだような声でそう言って、彼は私の膣に異物を突っ込んだ。
「……あうううん、……はうううん」
それは上下して私の内臓を狂わせた。その青い異物が胡瓜だと知り、そんなもので悦んでしまう自分の体を恨めしく思った。
愛液がおりものの塊になって落ちていく。
胡瓜を飲み込む私の結合部分を堪能しながら、彼はひたすらおなじ行為をくり返す。
それが茄子に代わっても飽きることなく、やがてはドレッシングの容器までも入れられ、シェイクによって油と調味液がうまく混ざり合った頃、私はぐったりするほど絶頂して萎えた。
彼が夜食を終えるまでのあいだ、私は食卓のそばで自慰行為をやらされていた。ピンクローターで胸を刺激し、バイブレーターで局部を掻きあさる、それが朝丘の指示だった。
乾電池の寿命が長い分だけ、私の体は快楽の波のうねりに飲み込まれていく。
「ローターはどこを刺激しているのかな?」
「……乳首……です……うう」
「それじゃあ、バイブはどこを慰めている?」
「……クリ……ト……リス……うんん」
「それと?」
「……お……まん……こ……はあ……あっ」
一問一答が子宮に響く。
「僕のおかげで、君もオナニーが好きな女性になったようだね」
「……だめっ……ですかっ?……オナニーを……好きになっちゃ、……あん逝くっ、あっああっ、まだ逝かな……ああ……あ、……っ、……っ」
一人暮らしの女性の部屋を突然訪れた客、その男をもてなすかたちで、私はおもちゃを手放して果てた。
パスタを茹でた匂いがしていた。アパートのそばを走っていく車の音と、スクーターの音が交差して聞こえる。
「もうすぐ夜が明ける」
空っぽになった皿を前に、朝丘拓実が小声で言った。
日常生活ではあまり使わない音域の声を出したせいか、私は返事もできないくらい喉をすり減らし、彼のことをただぼんやりと眺めていた。
「君が勤めている会社、スワローテイルとか言ったかな」
男が何事かを喋ったので、私は適当に相槌を打った。
「そこの子会社のポニーテイルが扱っている小型モーターと、うちの工場で精製しているエラストマー……これはシリコーン樹脂の一種と思ってもらってかまわないが、その二つが融合して生まれたのが、いま君の目の前にあるバイブレーターというわけさ。少しは勉強になっただろう?」
今度はしっかり聞こえていたが、私は敢えて聞こえないふりをした。雑学で人が豊かになれるとは思えない。
「この素材が膣にいちばんフィットするらしくてね、自分の作った物で女性が活き活きと行為に耽る姿を想像すると、嫌な仕事とは言えないわけさ」
彼は同意を求める目を私に向けてきた。
私の視線はバイブレーターに向く。
私はこんな物で彼と繋がっていたのか──と思うと、たまらなく泣けてくるのだった。しかし今度は涙をこぼさなかった。
「アニメ声というか、ロリータボイスというか、君の喘ぎ声もなかなか萌えたよ。あのハーブだって偽物だったのに、よくもまあ、あんな声が出るものだな」
「……嘘」
「女性の自然な生理現象だよ。そんなに恥ずかしがることはない」
「……媚薬じゃ……なかったの?」
「ほんとうの媚薬を使ったら、君はどうなる?」
私は思わず息を飲んだ。どうなるかはだいたい想像できる。
「そんなことより、夕べの君の行動はちょっと計算外だったよ」
「……別にあたしは何もしてないけど」
「残業だよ」
「残業?」
「僕はてっきり、夕べも君は残業をして帰宅するつもりだと思っていた。けど君は定時で退社した。だから僕は仲間に声をかけて時間稼ぎをさせたのさ」
「何のために?」
「この部屋に侵入するためさ。合い鍵くらいは何とでもなるからね。後はベッドの下に潜り込んで、君が帰るのを待てばいい。タネを明かせば単純だろう?」
夕べ、私の周辺にいた彼らの役割がようやくわかり、私はまた頭に血が上ってくるのを感じた。定時に退社してそのまま帰宅してさえいれば、こんなことにはならなかったはずなのだ。
「どんなことをされたって、玲奈の居場所は教えないから」
「強気な発言だな。それなら望み通り、また相手をしてやるよ。君が済んだら、次は君の友達の歩美ちゃんをレイプする予定だからね。新婚の花嫁はどんな味がするのか、いまから楽しみだよ」
「……そんなの……だめ」
彼なら本気でやりかねないと思い、私は私を抱きしめて縮こまった。妹や友人を売るくらいなら、自分がいくらでも身代わりになってやる気持ちでいた。
「コンドームやピルなんてものは期待するなよ」
と言うと朝丘は私の両脚を力で広げ、だらしなく濡れほぐれた女性器に狙い打ちした。
*
つづく
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