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「開くぞ」
彼が小さな部品を指でまわすと、私の体内に潜む金属の口が徐々に開いていった。内臓が飛び出すのではないかと思えるほど、陰部が左右に引き裂かれる感覚がある。異物感のせいで、脚を閉じることもできない。
彼はそこを覗き見た。
「とても綺麗だよ。ピンク色に濡れて、ひくひく震えて、ずっと眺めていてもいい」
私はとくに何をするでもなく、中を覗かれる恥ずかしさに吐息を漏らすだけだった。
彼はペンライトと手鏡を持ってきた。
「セルフチェックをしておいたほうがいい」
と言って彼はペンライトで体内を照らし、そこを手鏡に写して、私に見える角度に傾ける。
私は顔を背けた。
「そうするとあれだな。君の双子の妹、有栖川美玲にもおなじ屈辱を味わってもらうしかないな」
執拗に妹の名を出され、
「……見ればいいんでしょ?」
と私は強気に言葉を吐いた。そこに視線を向けると、ペンライトの眩しい光が目に入った。
そして鏡に映ったものを直視してみて、それがあまりにも醜くただれて見えたので、ホラー映画のワンシーンを体験しているように錯覚した。
血色を晒した内性器の粘膜の様子は、食用動物のホルモン肉から出た脂肪みたいに濡れていた。
「臍(へそ)のような窪みが見えるだろう。それが君の子宮口だよ」
彼の言う通り、スポットライトの当たった部品にそれらしきものが見えた。私はふたたび悪寒を覚えた。
「前を走っているコンパクトカーのリア部分に、マタニティのステッカーが貼ってあったりすると、無意識に追い回してしまう妊婦マニアがいる。例えばそういうことだ」
だからこんなことぐらいで驚くな、とでも言いたいのか、彼はにやけながらペンライトを私の中にくぐらせた。それが膣の内壁をなぞる。
「……やだ、あっ、ふん、やっ」
だんだん外気に馴染んできた膣の感度は、今まで経験したことのないテンションにまで上がっていた。
朝丘拓実という最低な男は、その最低な男性器で私の頬を打ちながら、
「しゃぶれ」
と言った。
下の口が全開にされていることもあり、私は弱々しく彼のものを指で支え、上の口へと導いた。そして顔を前後に揺すり、舌を絡め、しこしこと慰めていった。
「さっきの話に戻ろうか。兄貴の昔の彼女である君のことを、どうして僕がレイプしようと思ったのか。わかるか?」
ペニスをくわえたまま私は首を傾げた。
朝丘拓実の話した内容は、およそこういうことだった──。
自分の兄である朝丘光司と私が付き合っていたことは知っていた。私と直接顔を合わせる機会はなかったものの、兄の携帯電話に保存されていた画像から私の顔や容姿を知り、さらにセックスのことまで兄から漏らされていたらしい。
兄と私のセックスの最中(さなか)、一度たりとも私が本気で果てたことはなく、ぜんぶ演技で逝ったふりをしていたことも見抜いていたという。それが『逝かない女』というふうに兄から弟へ伝わっていたのだ。
しばらくして私たちが別れた。
それから数年後、一人の売れない女性シンガーがネット上を賑わすことになる。私の双子の妹である鮎川玲奈、シンガーソングライター有栖川美玲の登場だ。
彼女を最初に発掘したのが自分だと豪語し、それを『アリス』と囃し立てたところ、ネットのあちこちから熱狂的な信者が集い、彼女がどこの誰であるかを探りはじめる。歌唱力はもちろんのこと、ビジュアルに関しても誰一人として文句をつける者はいなかった。
しかし自分には思うところがあった。有栖川美玲の経歴について、ファン同士が競って検索する中、自分の記憶にだけは揺るがないものがあったのだ。
彼女が一卵性の双子として出生した事実まで辿り着き、そして私のことを思い出したのだ、と。
私の周辺を嗅ぎまわることで、有栖川美玲に繋がるヒントを得られるはずだと考え、実行に移した。レイプというかたちで。
「彼女の本名が鮎川玲奈だということもわかったし、君の名字も鮎川だったから、これはもう間違いないと思ったね」
そこまで聞いて、私はフェラチオをやめた。
「……だったらどうして、……さっきはあんなことを」
「あんなこと?」
「……玲奈の身柄を確保しているようなことを、……あなたは……あたしに」
「あのときは、ああ言うしかなかったのさ。君が素直じゃなかったからね」
「……それじゃあ、……あなたの目的は」
「僕らの教祖、有栖川美玲に会わせてくれないか?」
と冷笑しながら彼は言った。その指は相変わらず私の膣にいたずらしている。
「……嫌だと言ったら?」
「教えてもらえるまで、レイプするまでだ」
言って彼は勃起した自らをしごき、呼吸の合間に声を漏らし、器具で開いた私の膣内にそれを挿入してきた。
私の中は器具が触れ、空気が触れ、男性器が触れていた。
彼は腰を引き気味にマスターベーションを続け、やがて射精した。
「おら、どうだ、中に出してあげたぞ。僕の精子が、君の卵子に、穴を開けて、結ばれるんだ」
はあ、はあ、と朝丘拓実は肩で呼吸している。
私は言葉も出せずに、行為の結末を想像して涙ぐんだ。これでもしもできていたとしたら、事の経緯を誰に、どのように説明すればいいのだろう。
レイプ被害者の刻印は隠せても、事実は隠せない。ずっと先の未来は変えられるかもしれないけれど、過去は変えられないのだ。そう思うとまた涙が溢れて頬をつたう。
「こんなに目を濡らして、かわいそうに。泣き顔も綺麗だよ」
芝居じみた台詞を呟く朝丘拓実。感傷に浸っている暇は私にはないのだろう。
私の体から器具を取り外すと、彼はそこに体を重ねてきた。男根に打ち抜かれる感触があり、私は身を仰け反らせた。
「……あぐう、……うう、……ああ……あ」
「どう、だ、ほら、ああ?気持ち、いいか?僕に、突かれて、逝き、そうか?」
「やん、やめ、あっ、あっ、んっ、ふん、いい、いっ、くっ、やっ、あっ、いっ、ちゃ、うっ」
自分の声じゃない女の声が、破瓜(はか)にされたばかりの少女じゃない熟した声が、私の喉を鳴らしていた。
彼が私を強く抱きかかえる。私も彼に必死でしがみつく。そうしたいわけじゃないのに、このまま離れてしまったら、またいつか別の誰かにレイプされてしまうような気がしたのだ。
傷物の女性には傷物特有の雰囲気が漂い、その匂いを嗅ぎ分けられる男だっているだろう。
ならばそんな匂いさえも残らないくらい犯され、精神を消耗し、記憶障害を起こしてしまえば楽になれるかもしれない。
そんなふうに最悪の事態を常に考えながら、私は彼に犯され続けた。
最悪の中にも快感があった。私は何度もオーガズムに達し、彼もまた私の全身を精液で汚した。絶頂と絶頂のあいだが数秒のときもあった。
すぐに燃え尽きてしまうと思っていた炎は、私の中から消えることはなかった。
「君のおかげで、いいのが撮れたよ。ネットには流出させない。あくまで僕個人のコレクションだからね」
行為の後にそう喋りながら、朝丘拓実はテレビの前で煙草を吸っていた。どうやら動画データをチェックしているらしい。
「いままでのこと、ぜんぶ撮っていたの?」
「それだけじゃない。言っただろう、この部屋は盗撮されているって。僕の仲間がリアルタイムで監視しているはずだよ。レイプされながら君が何回逝ったのかもね」
体中をもてあそばれた疲れがどっと出て、私は全裸のままベッドに倒れた。
もうたくさんだ。この悪夢が終わる頃、果たして私は正気でいられるだろうか。いつか素敵な男性とめぐり会えたとしても、普通のセックスができるだろうか。
「アリスの居所を言う気になったか?」
いつかの私の彼氏みたいに煙草を扱い、その弟は訊いてきた。
「……それだけは言えない」
わざと滑舌わるく私は答えた。
「セキュリティが何重にもかけてあってさ、僕らの手に負えないんだよね。まあ、有名人だから仕方ないのかもしれないけど」
彼は短くなった煙草を揉み消し、立ち上がる。
「腹が減った。何でもいいから夜食を作ってくれないか?」
「……作ればいいんでしょ」
「パスタがいいな」
「何でもいいって言ったくせに」
「ついでにサラダもな」
「……はあ」
彼に聞こえるように溜め息をつき、私は服を着ようとした。
「だめだ。服は着るな」
やっぱりなと思いつつ、私は全裸のままキッチンに立った。
*
つづく
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