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男は正面にいる。ずっと手放さないでいるナイフが、男の体の一部のように見えた。
はあ、と諦めの溜め息をつき、私はショーツを下ろしていった。下腹部に気温を感じる。
「盗撮したとおり、陰毛はハート型に揃えてあるようだね。リアルで見ると余計に萌えるよ」
息を荒く吐き出す男の視線を浴びたまま、私は膝の上で握り拳をつくり、いきおい良く放尿した。恥ずかしい音が便器に注がれていく。
「出てる、出てる。溜まってたんだな、おしっこも、あっちも」
「あっち?」
「君の性欲だよ」
うっかりオウム返しをしそうになった私は、その言葉をすぐに飲み込んだ。
性欲──などと下劣な言い方はしたくない。
「終わったようだな」
と私の股間を上から覗き込んで彼は言った。そしてトイレットペーパーを引こうとする私の手を制して、
「拭く前にすることがあるだろう」
と自分の手を伸ばしてきた。その指が『ビデ』のスイッチを押す。
私は数秒のあいだに心の準備をしなければならない。シャワーノズルに狙われた陰部が、ざわざわと粟立ってくるのがわかる。直後に冷たい刺激があった。
「……んっ!」
声を噛み殺す私。
「鼻の穴が膨らんでいるよ。まさか、気持ちいいのか?」
そう男に指摘され、私は俯いた。どんな気持ちでいるのか、悟られるわけにはいかないからだ。
「もっと強くしてやろう」
彼にスイッチを操られるまま、陰部を洗浄する水圧はさらに強力になっていく。
「……あん!」
私のこの声は、完全に彼に聞かれてしまった。腰が浮き、お尻は落ち着かない。
「これならどうだ」
今度はノズルが前後に動き出した。下半身の震えが上半身につたわり、目の前に白い錯覚がちらつき始めた。
「ホルモンが騒ぐか?ミトコンドリアを感じるか?」
男の言っている意味がまったく伝わってこない。それは多分、彼に飲まされたハーブの成分が、私の体に悪さをしているからだろう。
だんだん変な気分になってきた。そうして興奮状態が高まった私は──。
「もういいだろう」
と言って、男はシャワーを切った。
私はへなへなと脱力し、すっかり火照った頬を撫でながら、長い吐息をつく。陰部が切なく疼いている。
今度こそ自分で拭こうとトイレットペーパーに目をやると、彼はまたしてもナイフを持っていないほうの手を伸ばし、
「僕がやる」
と言った。
「やめて」
「やめないよ。僕の好意を踏みにじるつもりか?」
「……だって、……そこはあたしの」
「本音が溢れ出している、そう言いたいんだろう?」
私は奥歯を噛んだ。治療の跡が少し痛む。
男はトイレットペーパーを多めに巻き取ると、それを私の両太もものあいだに差し込んだ。間もなく、紙の繊維の感触が肌にあたった。
「……いや、……ううん」
汚れを吸って、水に溶け、それはすぐに役に立たなくなった。
「びしょびしょに濡れてるね。交換しよう」
男は新しいトイレットペーパーを手に取り、ふたたび私の陰部に押し当てた。
「……やめ……て」
彼の太い指が私の柔肌をやさしく揉んで、花びらをめくるように指先を擦り込み、閉じた女性器の入り口を好き放題にもてあそんだ。
私の口と鼻からはもう吐息しか出なくなっている。
「いくら外見を綺麗にしているつもりでも、ここだけはぐずぐずに仮面が剥がれているもんだな」
「……いやなの、……やめてください」
嫌がる私を無視して、彼はしばらくその行為を楽しんでいた。
一秒経過するたびに、私の理性はその色を変えていく。一秒前の自分がネガティブカラーとするなら、一秒後の自分はポジティブカラーに変化しているということだ。
それはつまり、レイプを受け入れつつある気持ちの表れなのだろうか。
「ないと思うが、一応確認しておこう」
意味深なことを言う男。いったい何が「ない」と言うのか。
トイレットペーパーの、私の裸に触れていた面を凝視したあと、
「これは何だ?」
と彼は私に答えを求めてきた。嫌な予感がした。
さらに男はその部分の匂いを嗅ぎ、自らの舌を密着させ、
「あれだけ嫌がっておいて、この有り様だ。女っていうのは、ほんとうに掴み所のない動物だな」
などと、差別とも取れる言葉を口にした。
膣が熱い。熱くてたまらない。
「この匂いと味と粘りなら、間違いないな。君もただの女ということだ」
愛液──とは言わないのも、彼なりの計算なのかもしれない。
「そんな君のために特別ゲストを準備してある。こっちに来るんだ」
「あの……、まだ下着が……」
「空気を読め」
私は下唇のかたちが歪むほど口を閉じ、両足からショーツを抜いてからトイレを出た。上は肌着一枚、下は何も着けていない格好だ。
男は大きなスポーツバッグを持参していた。有名メーカーのロゴがプリントされていて、かなり愛用しているらしく、所々に汚れや傷が目立つ。
「気に入ってもらえると嬉しいんだがな」
彼はスポーツバッグの中身を手に取っては床に並べ、おなじ作業を五、六回繰り返したところで手を休めた。
私はそれらを一瞥し、
「これ……って、……まさか」
と手で口を覆った。
「どれもこれも可愛いデザインばかりだろう?こういう道具を考えたのが女性の脳だというんだから、世の中どうなってんだか」
言いながら男はその中の一つを手にした。卵が二つ付いたピンクローターだ。
スイッチを入れると同時に、二つの振り子は微振動の唸りを上げる。
「そこに尻を着いて脚を開け」
男が唾を飛ばす。
指示通りに床に座ったところで私は静止した。命も惜しいけれど、それとおなじくらい女を捨てるのも惜しい。
「反抗的だな。それとも迷っているのか?」
「もう許して」
「僕は何人もの女性をレイプしているんだ。そして彼女たちが最後に何て言ったと思う?」
私は聞き耳を立てた。
「こんなの初めてだと嬉し泣きしていたよ、涎を垂らしてね」
「そんなの有り得ない」
「残念ながら有り得るんだよ。それが人体の摂理だからね」
私は首を横に振った。とても信用する気にはなれない。
「それじゃあ話の角度を変えよう。手持ちのカードならいくらでもある」
彼の目つきが粘度を増す。
私は半裸のまま身構えた。
「アリスがどうなってもいいんだな?」
その台詞を聞いた瞬間、私は耳を撃ち抜かれた気がした。
「噂の歌姫、有栖川美玲。それともこう言ったほうがいいかな。君の双子の妹、鮎川玲奈(あゆかわれな)がどうなってもいいのか?」
「玲奈に何をしたの?」
「まだ何もやっちゃいないよ。これからの君の態度しだいで、彼女が芸能活動をつづけられるかどうかが決まる。わかるね?」
「そんなの酷い」
彼の言う通り、このところ人気を加熱させつつある有栖川美玲のほんとうの顔は、一卵性の双子である私の妹、鮎川玲奈なのだ。
街中で誰かに声をかけられることもしばしばあるが、それはやはり有栖川美玲と間違えているからであって、私という人間に興味があるわけじゃない。
いま目の前にいるレイプ犯の目的がどこにあるのか、ようやくわかってきたような気がした。
「ついでだから僕も名乗っておくよ。僕の名前は」
と彼は息を吸って、
「朝丘拓実(あさおかたくみ)だ」
と身分を明かした。
私は頭の中でその名前を復唱してみた。そして、
「そんな名前の人、あたしは知らない」
と言ってやった。
これまでの流れからいくと、彼がこの時点で自分の名前を明かしたのにも、何か理由があるに違いない。
「がっかりさせないでくれよ。僕らはこれからお互いの性器を交えるんだから、もっと情熱的にいこうじゃないか」
「知らないものは知らない」
「まあいい。胃で溶けたハーブが血管を通って、そろそろ君の子宮内膜に生理反応を起こさせるだろうからね。と言っても月経とは別だ」
ピンクローターが私に向かってくる。
「産むために精子を欲しがり、受精するために肉棒を欲しがる。君もきっとそうなるだろう」
「変なこと言わないで」
「さっきも言ったけど、君はいま、とても大切なものを天秤にかけている。自分自身か、双子の妹か、どちらを犠牲にするんだ?」
「玲奈には手を出さないで」
この言葉に彼は納得したようだ。そしてナイフをテーブルに置くと、ジーンズとボクサーブリーフを脱ぎ捨て、私に迫ってきた。
*
つづく
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