私は、白いセダンのボンネットを開けるために、運転席のドアに手をかけました。
次の瞬間、私は背後から後頭部をいきなり殴られました。
強い衝撃と痛みで、私はその場に思わずしゃがみこみました。
「何するんだ!」
私は、頭を抑えながら、振り返ると男を怒鳴りつけました。
すると、無表情の男は懐から拳銃らしきものを取り出し、銃口を私に向けながら言いました。
「言っとくが、これは本物だぜ・・・なんだったら車のトランクを開けてみな・・・オモシロいものが見れるぞ。」
男の低い声を聞きながら、私の頭の中では、切れかかっていた記憶の糸が繋がり始めていました。
目の前に立っている男の顔、それは今朝、妻の実家で何気なく観ていた朝のTVニュースに映っていた犯人の顔に間違いありませんでした。
ニュースでは、その男は昨日、松本市内で警察官を殺害し、拳銃を奪って逃走中と報じていました。
状況からみて、男が言うとおり、目の前の拳銃は本物でしょう。
『とんだ災難に巻きこまれてしまった・・・』
今さらながら、車を停めて対応したことを深く後悔しました。
「立て!」
男は拳銃をかざしながら命令しました。
「何が目当てだ?」
私はゆっくり立ち上がると、最大限の勇気をふりしぼって尋ねました。
「ウルサイ!・・・車のトランクに横たわっている仏さんのようになりたくなかったら、余計なことを聞くな!それより、お前の車に乗っているのはお前の女房か?」
「そうだ・・・妻と娘だ・・・」
「よし・・・今すぐ、女房を呼べ!」
「頼む・・・金なら、あるだけ出す・・・もし、足りなければ近くのATMでおろしてもいい・・・だから・・・見逃してくれないか・・・」
「オイ・・・さっきオレの言ったことが聞こえなかったのか!・・・余計なことを言うなと言っただろ・・・早く言われたことをやれ・・・」
私にはどうやら選択肢はないようでした。
私は妻を呼びにワゴン車に戻りました。
しばらくして、妻が不安そうに降りてきました。
そして私の横に立ち、拳銃を手にする男の姿を見たとき、妻は、すぐに私たちが立たされた困難な状況を飲み込めたようでした。
妻は、私の手をぎゅっと握り締めました。
私は、男の様子をずっとうかがっていましたが、妻の姿を初めてみた時のニヤリとした表情と、その後、妻にむけられた好色な目つきを見逃しませんでした。
それは、まるで獲物を物色するように、妻のカラダをナメまわすオスのイヤラシイ目つきでした。
「奥さん・・・悪いが、オタクらには、ちょっと協力してもらうよ・・・なに、素直に従ってくれれば、危害を加えたりしない・・・ 約束する・・・
車には大切な娘も乗っているんだろう・・・その子をいきなり孤児にするようなことはオレだってしたくないさ・・・だから協力してくれ・・・」
私の手を握る妻の手の力がいっそう強くなりました。
「わかった・・・それで、どう協力すればいいんだ?」
「オレの指示通りに車を運転してもらう。とりあえず、この県道を○○方面へと向かうんだ。ああ、それから、携帯は渡してもらおう・・・」
やむなく、私は内ポケットから携帯を取り出すと、男へ渡しました。
「奥さん・・・あんたもだ・・・」
「車の中にあります・・・」
「早く、取ってきな・・・」
妻は、携帯を取りに車へ戻りました。
スライドドアを開けたとき、「どうしたの?」という無邪気な彩花の声が聞こえました。
「もうちょっと、待っててね・・・」
妻が優しく声をかけています。
その間も、男の視線は妻の後姿を追っていました。
しばらくして、妻が戻ってきました。
そして恐る恐る携帯を男に渡しました。
「よし・・・それじゃあ、車を走らせてもらおうか・・・」
男は私たちを促しながら、言いました。
男は助手席へと乗り込みました。
すると、すかさず、娘が妻に質問していました。
「ママ・・・この人、誰?」
返答に困っている妻を見かねた男は娘のほうを振り向きながら言いました。
「おじちゃんは、パパのお友達だよ・・・ヨロシクね・・・」
一瞬、キョトンとした表情を見せた娘でしたが、まるで何事もなかったように、今読んでいる絵本のことを妻に話しかけ始めました。
妻は困惑した表情で、ルームミラーごしに私を見つめました。
『大丈夫だ・・・きっと何とかなる・・・』
私も、そんな思いを抱きながら、妻を見つめ返したのでした。
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