それから、2時間ほど、車を走らせた頃、
「車を停めてもらえます。彩花がトイレに行きたいって・・・」という妻の声がしました。
その時、車は国道沿いを走っていましたが、場所的にトイレがあるようなところではありませんでした。
男は、横道に入るように命じてきました。
私はハンドルをきり、細いわき道へと車を進めました。
5分ほど、進むと道は行き止りになりました。
「このあたりでいいだろう・・・旦那、適当なところへ連れて行ってやりな・・・」
私はエンジンを止め、シートベルトを外しました。
運転席のドアを開けて降りる時、背後から男の声がしました。
「おい・・・わかっているな・・・用を足したら、娘を、ゆっくり散歩でもさせてきな・・・」
もちろん、私には男が言わんとしていることがわかりました。
私が、後部のスライドドアを開けると、奥に座っていた妻と目が合いました。
真剣に見つめる妻の目は、『あなた、これがチャンスよ・・・逃げて・・・』と語りかけているように感じました。
しかし、その目は同時に、私たちと永久に別れることを覚悟しているかのようであり妻の不憫さを思うと、胸がすごく痛くなりました。
私は娘を降ろすと、車から離れました。
間もなく車のドアが開く音がして、男が助手席から降りると、後部座席に乗り込んでいくのが見えました。
今まさに自分を犠牲にして私たちを助けようとしている妻・・・今頃は、車の中で男に押し倒されていることだと思います。
私は娘が用を足した後、私は何度も車に戻ろう、妻を助けようと思いました。
しかし、妻が自分のカラダと引き換えに守ろうとしたもの・・・最愛の娘彩花のことを考えると・・・。
私たち3人が、このままずっと、あの男と一緒にいることなど到底出来ないことです。
殺人を犯し逃走を続けている男にとって、私たちは人質同然の存在であり、今の状況ですんなりと解放されるとは思えません。
いつかは足手まといになる時がくるはずです。
そうなった時、私たちに命の保障などないことはわかっていました。
『妻の言葉通り、このまま逃げて警察へ駆け込もうか?』
『いや、いくらなんでも妻を見捨てるなんてできない・・・。』
『ではどうする?』
『男と闘うか?』
『相手は拳銃を持っているんだぞ。』
『しかも、こちらには彩花がいる・・・。』
などと、心の中で自問自答を繰り返しました。
とりあえず私は妻の様子を確かめるために車に戻ってみることにしました。
娘には少し離れた広場で遊んでいるように言い聞かせ、こっそり男に気づかれないように車に近寄りました。
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