【15】
その日が創立記念日であることを、俺は偶然にも田中さんから聞いた。仕事場で会った時に、『創立記念日が休みになるなんて、良い会社だよな』と、田中さんが呟いた一言だった。
「やっぱり、社員は全員休みなんですかね?」
「みたいだよ。せっかくの休みだから、普通は休むだろ」
「そりゃそうですよね・・・」
創立記念日の当日、俺は一抹の期待を抱いて、朝から仕事に向かった
仕事を終え、女の会社の最寄駅に着いたのは夕方だった。俺は夕方の街を歩き、女の会社へ向かった。遠めにもそのビルには明かりは点いていないのがわかった。
(やはり、全館休業なのか・・・)
そう思いながら、ビルの前を通り過ぎようとしたとき・・・
(・・・!)
会社のエントランスホールにだけ、明かりが点いていた。通りすぎながら中を窺うと、受付に座る女の姿が見えた。下を向き、何か読んでいるのか書類を書いているのか、そんな雰囲気だった。
(女が一人でいる・・・)
逸る気持ちを抑えつつ、一旦ビルの前を通りすぎた。幸い女は俺の姿には気付いていないようだった。
俺は、ビルの斜め向かいにあるカフェに入ると、ビルの正面玄関、そして側面の通用口が見える窓側の席に腰を下ろした。
(ビルに一人ということはないだろう・・・)
それから1時間。ビルに近づく者は、夕刊を配達に来た新聞配達の男だけだった。外回りから戻ってくる社員も、早くに帰宅する社員もいなかった。そして、夕闇が迫りだしたころ、ビルの明かりは玄関だけになった。
俺は立ち上がり、支払いを済ませると、ゆっくりとビルに向かった。守衛が居ないと、通用口からは入れない。かと言って、早い時間に玄関から入り、誰かが訪れてきても厄介である。もう一度、ビルの前を通りすぎエントランスを覗いた。女は相変わらず、受付に座っていたが、先程とは異なり受付台の周囲を片付けているようだった。入るのなら、女が玄関の鍵を閉める寸前。俺は再び、女のいるビルに向かった。ズボンのポケットからマスクを取り出し、片方ずつ耳にかけた。自動ドアの向こうで女が受付から出てくるのが見える。俺は自動ドアの前に立った。
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静かな1日が終わりかけていました。
午前中は何人かの社員が出勤をしていましたが、午後になると私一人が残されていました。
(まぁ、しょうがないか・・・)
数日前に書店で買った本を読み、静かな時間を過ごしていました。気がつくと、終業の時間を少し過ぎていました。
(いけない・・・、夢中になりすぎた・・・)
私は受付台の周りを片付け、読み終えた本を鞄に仕舞うと、そのまま更衣室に向かうために、鞄を手に取り受付ブースを出ました。
その僅かに玄関から目を離したときに、自動ドアが開く音。
(えっ、誰?こんな時間に・・・)
少し苛立ちの気分が沸き起こり、玄関を見た瞬間に全身が凍りつきました。しかし、次の瞬間に、顔が熱くなるのがわかりました。
(ど・・・どうして・・・)
私はマスクをはめたその男の顔を見ながら、平静を保とうとしました。
「も・・・、もう終業ですが、なっ・・・何の御用ですか?」
男はゆっくりと私の方に近づいてきました。
「な・・・何なんですか?き・・今日は・・・」
「玄関の、鍵を閉めて下さい」
そう言いながら、男はマスクと目深に被った帽子を外しました。
「あっ・・・」
「早く、鍵を閉めろ」
男の声は至って冷静でした。そして、手に持った鍵を奪うと、玄関の鍵を閉めたのでした。
「な・・・、何をするのですか・・・?」
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