ダメ社員は、精力的に動き始めた。
寒い冬の風に汗をかきながら街を歩いた。
すれ違う若い女に、醜い顔を軽蔑の目で見られることも気にせず歩いた。
動画の中に出てきた公衆便所。
あれを、いつかどこかで見たことがある気がしたからだ。
正確には覚えていない。
記憶違いかも知れない。
だが、自動ドアまで整備された公衆便所は、そんなにあるはずがない。
諦めることができず、思い当たる公園を、毎日歩き続けた。
いつもよりも仕事を引き受けなくなり、一秒でも早く帰ろうとする男を、ヒステリックな女上司はキツい軽蔑の目で貶したが、むしろそうされるたびに探し当てる意欲が湧いた。
もしも見つけたら、毎日のように俺を罵倒し貶し軽蔑するこの女上司への怒りまで合わせて、あの女にぶつけてやる。
汚いまま押し込み、一番奥に流し込んでやる。
妊娠をねだる言葉を叫ばせてやる。
顔を踏みつけ、その足の裏を舐め掃除させ、クリトリスに向かって小便をしてやる。
いつの間にか、仕事の合間に、叱責された後に、後ろ姿を見るたびに、女上司の体に欲望や妄想を重ねるようになっていた。
ホームページの動画の中で、仰向けにされて犯されていた便所の左手首に男が吸い付きキスマークをつけた日、女上司が手首を捻ったと包帯を巻いてきた日などは仕事にならなかった。
2週間が経ち諦めかけた日、休憩に立ち寄った公園で公衆便所を見つけた。
まだ日があり、動画の中の印象とは違ったが、それでも形も作りも外観も、まったく同一のものだった。
それは、近すぎて探さなかった場所。
勤めている事務所から数百メートルほどしか離れていないビルの裏側。
古く汚い雑居ビルの裏に面しており、駅とは反対に路地を進むせいで、人気はあまりない公園。
ベンチに座り見たその小屋は、紛れもなくあの動画の中のものだった。
ふらふらと、まるで夢遊病の患者のように、不安定な足取りで歩き始める。
一歩ずつ小屋に近づいた。
左手でボタンを押し、自動ドアを開ける。
全部が同じだった。
便器の形も、壁の色も、個室の数も、窓ガラスの位置も、、、、全てが同じだった。
奥から二つ目の小便器の前に立った瞬間、頭のなかは動画の中にトリップした。
意識は便器に押し付ける男になり、周りで野次を飛ばす男になった。
肉便器
淫乱
舐めろ
公衆便所
もっと舌を出せ
変態
便器そうじ
内側もだ
吸い付け
低めに温度を設定された暖房に、肌寒さを覚えたとき、もう深夜になっていた。
いったい何時間の間、そうしていたのか。
時計を見て、帰らなければと思った。
あのホームページの更新される時間だ。
決まっている訳ではないが、それでももう数週間もホームページを追いかけていれば、だいたい分かってくる。
今日は平日の中日。
長時間な行為は行われていないはず。
今ごろは行為が終わり、編集された動画や画像があげられていってるはず。
小屋に近づいた時と同じように、不安定な足取りで歩き始める。
便所から出ようと扉のボタンに手を伸ばした時、その扉のガラスに小さく落書きされたアルファベットを見つけた。
小さく四文字、slutと書かれていた。
ふらふらと歩道を歩いていると、そんな足取りでも追い付いてしまうくらいの速度で歩く女がいた。
女との距離が20メートルほどまで近づいた時、交差点に到着した女が手をあげタクシーを止めた。
乗り込む時に横顔が見えたが、それはこの世で最も苦手な女……あの女上司と同じ顔をしていた。
ただ、その表情にいつもの覇気はなく、別人かも知れないと思った。
真偽は、タクシーが去った今は確かめる術もなく、またそのための気力も無かった。
家に着き、ホームページの更新を楽しみながら、ふと一度だけ、女上司の普段の顔と、タクシーに乗り込むときの疲れきった表情を思い出しただけで終わった。
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毎日、同じ時間が繰り返す。
ギリギリの時間に目を覚まし、同じ時間の電車に体を押し込む。
机に座り仕事をしながら、たまにヒステリックな罵声を浴びる。
定時になるのを待ち、駅とは反対に向かって歩く。
公園のベンチに座り、公衆便所を眺めて数時間を過ごす。
何日待っても偶然は起こらず、時間だけが過ぎた。。。。
パソコンの画面にエクセルを開いたまま、ダメ社員は考える。
あれは、いったいいつ起こるのか。
それとも、もう二度と起こりはしないのか。。。。
頭の中に、あの光景を描く。
ホームページにはあれ以降も様々な動画が更新されていっている。
しかし、今、あの女に……あの公衆便器に一番近いのは、この場所しかない。
もうすぐ、また定時になる…とゆうタイミングで、仕事をふられてしまった。
いつものように全力で断ろうとしたが、女上司のヒステリックな罵声で断れなくなってしまった。
残業を始めて一時間後、女上司が自分を睨みながら、部屋を出ていった。
同僚から、7時半頃まで定例会議だと聞かされる。
なんとか、それまでに終わらさなくてはと思ったが、全く仕事は進まず…。
結局、残業を終えたのは、会議から帰ってきた女上司すら退社した後。8時過ぎになってしまった。
急いでコートをはおり、エレベーターに駆け乗り玄関まで走る。
遅くなった時間に一歩だけ躊躇したが、昨日と同じように、駅とは反対に向かって歩く。
いつもよりも早歩きで、いつもよりも息を荒げながら。
信号待ちももどかしく、キョロキョロと周りを見渡してしまう。
と、道の反対側を歩く女に目が止まる。
右から、ダメ社員が信号待ちする交差点に向かって近づいてくる女。
黒いロングコート。
凛と突き出すように張った胸は、コートの上からでも巨大さがわかる。
顎を引き、前を睨むように歩く姿。
見慣れた、あのプライド高い女上司の姿だった。
女上司は交差点で立ち止まることなく、ダメ社員の進行方向に曲がり、ダメ社員に後ろ姿を見せながら歩き始める。
その後ろ姿は、あの夜の景色を思い出させた。
ふらふらと不安定な足取りで歩いていたあの夜も、女上司は同じ黒いロングコートだった。
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歩き続ける女上司の後ろを、同じ速度で進む。
交差点を渡り、公園の前を通りすぎ、小さな路地を曲がる。
雑居ビルの裏に続く、ビルの隙間に設けられた小道を抜け、見上げると非常階段を昇るのが見えた。
後をつけたのは無意識だった。
こうして女上司を見上げている最中も、体を隠すでもなく。。。。ただボーっと立ち尽くしていた。
何も思考できない。
四階の非常扉が、鉄の軋む音を小さくたてながら閉まっても歩けなかった。
ふと、後ろを振り返ったが、誰も居ない。
路地に出ても、回りには人影すらない。
大通りの音も微か。
振り返り小道を見ると、その隣のビルの本来の玄関には、そのガラス張りの扉には鎖で施錠がされてあった。
見上げると、雨に黒く汚れた、汚い雑居ビルの姿があった。
どの窓にも明かりはなく、ただ暗闇に浮かんでいるだけ。
隣のビルも、裏のビルも確認したが、どれも同じだった。
おそらく、数年のうちには再開発され、大型のビルに変わるんだろう。
あたり一面、同じように封鎖されたビルでいっぱいだった。
もときた道を歩き、また路地に入り、雑居ビルの前に立つ。
ビルの裏に続く小道を抜け、非常階段に足を掛ける。
足の裏に着いた小石が、鉄の階段に擦れて音をたてる。
少し錆び付いたノブを回し、ゆっくり慎重に扉を開ける。
中に入り、扉を閉め、振り替えると真っ暗な空間のなか、一番奥の部屋にだけ、薄く明かりが見えた。
廊下の終わりの先。
外からでは絶対に見えないだろう。
一歩近づくにつれ、音が大きくなる。
突然、扉が開く。
一瞬だけ真っ暗な空間に慣れた目には眩しい明るさになり、すぐに閉まる。
中から男が出てきた。
男は髭面で、薄暗い空間のなか、睨むような視線を向けてきた。
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