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_部屋にひとり残された小田は思う。
あいつがあの程度で酔うなんて、よっぽど疲れていたんだな。
最近はバイトばかり入れて、四人で顔を合わせる機会も減ってきているし、みんなそうやってだんだん会わなくなって、社会人になれば別々の道に進んで行くんだ。
大学を卒業したら、俺もこんな推理ゲームなんて卒業しよう。
そうして今回の事件が解決したら、花織に気持ちを伝えよう。
_パソコンの内蔵ファンは忙しく回転している様子で、徳寺麻美の恥部を惜しみなく映し出したまま低く唸っている。
_小田が次のサムネイルに進もうとしたとき、彼の頭の中には別の疑問が生まれていた。
_それを確かめれば事件解決への糸口になるかも知れないとひらめき、徳寺麻美のブログページとリンクしている姉妹サイトへと進んだ。
_そこは小田が想像していたようなアダルトサイトではなく、女性ユーザーの「美」を評価したり投稿する交流サイトだった。
_ブログサイトが「裏」とするならば、交流サイトは「表」といったところか。
_サイト全体にハロウィンをイメージさせる装飾やアイコンが散りばめられていて、それはカボチャだったり、黒猫だったり、魔女といった感じだ。
「……魔女?」
_小田の濃い眉毛がピクリと曲がり、その手はもう次の動作をはじめていた。
_交流サイトのイベントトピックを確認してみると、それはあった。
_ハロウィンにちなんだ「魔女コンテスト」で投稿者を募っているところに、全国の美しい魔女達が集って美貌を競い合っていたのだ。
_一見して普通のガールズサイトのようでいて、しかしそこはアダルトブログサイトの姉妹サイトというだけあって、裏のブログで性器を露出している女の子が、じつは表のSNSでは何の疑いもなく自分の顔を出しているのだ。
_それぞれまったく異なったハンドルネームで投稿しているから「顔」と「性器」が繋がることはないが、この「魔女コンテスト」に徳寺麻美が関わっているということは疑いようがなかった。
そういえば、俺はいちばん肝心なことを忘れていた。
徳寺麻美本人は誰に強姦されたと言っているのだろうか。
フリーターの数馬良久か、教授の平家洋先生か、それとも別の誰かなのか。
_小田の目に新たな意志が宿って、それは夜の暗がりのどこかを見つめていた。
*
「大事な話があるから、二人きりで会わない?」
_花織からのメールにはそう書いてあった。
_もちろん彼女に下心なんてものはあるはずもなく、それは小田もわかっているつもりだ。
_駅からは少し離れているものの、陽が落ちたばかりの薄暗い道沿いにはコンビニの明かりや街灯が途切れることなく繋がっていて、それなりに人通りもある。
_小田が花織のアパートに着く頃には、途中のコンビニで買っておいたたい焼きも少し冷めかけていた。
_インターホンで「俺だ」「あいかわらず時間に正確ね」と短い言葉を交わし、間もなくドアの鍵を開ける音が聞こえると、毛先の巻き髪をほぐしながら花織が出迎えた。
_花織の部屋を訪れるのは初めてではなかったが、やはりひとり暮らしの女性の部屋というのは独特な匂いがあって、男子禁制の構えが居心地を悪くさせるものだ。
「散らかっているけど気にしないで」と言ったわりには片付いた部屋に上がると、呼吸を合わせたかのように花織がコーヒーをテーブルに運ぶ。
「たい焼き、買ってきたんだ」
「ありがとう。コーヒー、インスタントしかないから我慢してね」
「ああ。俺らだってインスタントみたいな付き合いだしな」
「そういう事にしておいてあげる」
_しばらく大学でのお互いの話やら就職の話で進捗状況を確かめ合っていたが、「あ、そうだ」と花織は突然立ち上がり、レターケースから封筒を取り出して来て小田の前に差し出した。
「これ、何かの役に立つかしら?」
_一瞬、彼女のネイルの色気に目を奪われながら、小田はその封筒を開けた。
_中からは写真が二枚。
_これは?と目だけで問いかける小田。
「このあいだサークルの二年の子たちに聞いたの、徳寺麻美さんと植原咲さんてどういう子なのかって。そうしたらその写真を貸してくれたわ。二人とも彼氏はいたみたいなんだけど、誰もその彼氏を見たことがないって言うし、なんだか変よね?」
「そのあたりは警察もあたっているだろうし、いずれ明らかになるさ。で?どの子が誰なんだ?」
「あ、そうそう、こっちの二人で写っている方の右側の子が、強姦された徳寺麻美さん。それからもう一枚の方に写っているのが、行方不明になっている植原咲さん。これは多分、昨年のミスキャンパス選考会の時のやつね。私も優子も一緒にいたから間違いないわ」
_小田は二枚の写真を交互に見比べて、彼女達を自分の研究チームに就かせた平家教授の思惑がわかったような気がした。
「二人とも可愛いね。小田くんはどっちがタイプ?」
「よせよ。それより、徳寺麻美はもう退院してるんだろ?犯人のことについて何も言っていないんだろうか」
「それなんだけど、しばらくは大学にも出て来ないと思うけど、犯人のことは『知らない人』って言ってるみたいよ」
「知らないというのは、本当に知らない人物か、知っているのに何かの都合で言えない人物ということか」
「それと──」
_花織は写真の彼女達に視線を落として、「うちの大学の女の子がもう一人、数日前に誰かに強姦されていたかも知れないの。しかもその子、あの平家先生の研究チームの子らしいわ」と顔色を変えて言った。
「その子はどこのチームなんだ?」
「チーム月よ。たしか一年の美山砂羽(みやまさわ)さんて言ってたっけ」
「そういうことか……。すでに強姦されている美山砂羽が月曜、今回強姦された徳寺麻美が火曜、行方がわからないままの植原咲が水曜。みんな平家先生の研究チーム生ということは?」
「偶然じゃなさそうね」
「植原咲はまだ強姦されたわけじゃないけど、それが明らかになったら次は木曜チーム、そして金曜チームの誰かが狙われるんじゃないだろうか」
「え……?」
_花織は背筋に冷たいものを感じた。
「ちょっと待って、チーム木には優子がいるし、私はチーム金なのよ。どうしよう……、どうしたらいい?」
_不安の表情で小田を見つめる花織。
_深い朱色のカーディガンの胸元がわずかに膨らんでいて、白い手をそこにあてている。
_ショート丈のスカートから伸びる脚は黒いストッキングのおかげでさらに細く見え、内股の間にもう片方の手を挟みこませて、座り心地わるそうにすり合わせている。
_花織にしてみれば不安のあまり無意識にそんな仕草をしたのだが、左手はバストに触れているし、右手はスカートの中の女の子の部分をさぐっているようにも見える。
_自慰行為を想像させるには十分な要素がそろっていた。
_若い女性特有の甘い生活臭がいまさら小田の鼻腔をくすぐって、愛しくも汚れた眼差しで彼女を見つめてしまいそうになるのだった。
_見つめ合ったまま二人の距離が縮まる。
_そして小田の手が花織の肩にのびて、優しく触れた。
「大丈夫さ。事件の容疑者だって捕まっているんだし、平家先生も教授の立場がわからない人じゃない」
「そうだけど、植原咲さんはまだ見つからないし、他に共犯者がいたとしたら優子も私も……」
「あのさ、一応パソコンも持ってきてるし、これから付き合ってくれないか?」
「どういうこと?」
「黒城のやつ、なんだかこの間から具合が悪いって言ってるし、あいつの代わりに花織が今回の推理ゲームのアシストをしてくれないか?この強姦事件が解決したら、俺もこんな推理ごっこなんか卒業して就活に専念するつもりだし、花織や優子のこともまもってやりたい。どうだろう?」
「そうね、私だってひどい事されたくないし、小田くんに甘えてばかりじゃダメね。協力はするけど、私でいいの?」
_黒いストッキングから浮き出た肌色は相変わらず彼女を魅力的に見せていたが、小田は花織の視線を正面から見つめたまま軽く頷いた。
*
_彼の「仕事」には無駄がない。
_花織はそんなことを思いながら小田のパソコンワークの手際良さに見とれていた。
「カッコいいね」
「よく言われるよ」
_付かず離れずの会話に恋を意識してしまうのが、若い二人の自然の流れであって、四人でいる時には見えなかった互いの魅力が性の対象に変わっていく。
_小田はジーンズの前を膨らませ、花織はインナーの股生地を湿らせた。
_そんな生理の変化を顔に出さないように装っていると、いつの間にか小田のノートパソコンの画面には「ディープ」の検索キーが表示されいて、深層の扉が開かれる時を静かに待っていた。
_沈黙を破るように小田の手指がいそがしくブラインドタッチすると、次の動作で直近の強姦事件をヒットさせた。
「これだわ」
_花織の視力が何かを捉えた。
「新聞とかには個人が特定できる情報なんて出てなかったはずだけど、この一ヶ月前の強姦事件の被害者がうちの大学の女の子よ」
「被害者女性、S大学一年の美山砂羽さん(19)。発見当時の状況、アパートの自室で全身に縄を這わされ全裸の性器や乳房を縛られた上、局部にバイブレーターを噛まされた状態。複数の男性の体液の付着あり、アルコールの摂取は確認されず、軽い脱水症状の所見あり。美山砂羽さんと連絡が取れないことを不審に思った知人が彼女のアパートを訪れ、無施錠の玄関から部屋の中を確認すると、そこに美山砂羽さんが倒れていた。体液の鑑定結果から浮上した容疑者男性数人を取り調べするも犯行を否認。現場の第一発見者は、おなじS大学二年の徳寺麻美さん(20)……。彼女とつながった……?」
_小田は新たな収穫に思わず声を上ずらせた。
「美山砂羽さんを発見した徳寺麻美さんが彼女とおなじ目に遭って、今度はそれを発見した植原咲さんが狙われているってわけね」
_花織もできるだけ冷静を保ったまま、しかしまもるべき自らの女性の部位を手で押さえながら言った。
_自分のそこに縄が食い込んで、しかも淫らな異物が挿入されたとしたら、そんな想像をしただけで悪夢にうなされた時のような気分になった。
_小田は、徳寺麻美が投稿しているアダルトブログサイトと、「魔女コンテスト」が開催されている画像投稿型交流サイトがリンクしていることを花織に伝え、徳寺麻美と植原咲の写真を元に彼女たちの存在を両サイト内でさぐった。
「『魔女狩り』っていうから中世のヨーロッパで起きたアレだと思ったら、ただ自分の性欲を満たす為に女の子を強姦しているだけじゃない。発想は幼稚だけど、やっている事はそれ以下だわ」
_花織の横顔は不機嫌そうに見えて、しかし長い睫毛の束や頬の血色はピチピチと潤いのある色気を放っていた。
「見つけた。徳寺麻美と植原咲はやっぱり魔女として画像を投稿している」
_小田が正義の眼差しで言った。
「もしかしたら、私が借りてきた写真の徳寺麻美さんと一緒に写ってる子は、美山砂羽さんじゃないかしら?」
_花織のその一言で、あちこちに散らばっていたパズルのピースが上手い具合にハマろうとしていた。
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