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「もう一度訊くけどさ、犯人はやっぱりあの教授じゃないんだな?レイプされた順番と、研究チーム月から金の順番が一致するのは、偶然にしては出来すぎていると思うぜ」
「それはない。そこんところは、ある人に会って話を聞いてみて確信したよ」
「もったいぶるねえ」
二人同時に作り笑いをして、二人同時に真顔になった。
「俺が会った人は、秋本文子さんだ」
その名前がいったいどれほどの効力を示すのか、小田は黒城の反応を細かくうかがった。
「誰だ?その人も魔女と関係あるのか?」
黒城は小田の目の奥をじっと見据える。小田もそれには動じない。
「彼女は犯人ともっとも近い関係にある。それから俺は犯人の過去について、彼女からいろいろと話を聞いた。平家洋という男が犯人にとってどのような存在だったのか。実の父親のつくり上げた違法なシステムに対して、どんな評価をしていたのか。それらすべてが今回の強姦事件の動機につながっている」
「いよいよ推理ゲームも大詰めってわけだ。刑事よりも刑事っぽいよ、おまえ」
少し頭痛をこらえるような表情をしたあと、黒城はコーヒーの黒い表面を見つめた。
「ゲームはリセットすればやり直しが利くけど、現実はそうはいかない。小田は今回の推理ゲームも首尾よくクリアーできそうなんだな?それから今回の依頼者が花織だったから、そこに特別な思い入れがあった。違うか?」
ちっ、と舌打ちをして、「まあな」と小田は苦笑いをした。
「黒城の親父が『ディープ』をつくったっていうのは知ってたけど、まさか息子のおまえがそれを利用するとはな」
黒城が無言のままだということを確認してから小田はつづけた。
「やり方はいくらでもあるだろうけど、まずおまえは例の二つのアダルトサイトを立ち上げて、そこからターゲットを物色した。誰でもいいってわけじゃない。おまえの好みにもよるけど、その時に思い出したのが、おまえが母校で屈辱を味わった教育実習のことだった。平家先生に気に入られようとおまえは力が入りすぎて、結局女子生徒からの嫌がらせに負けて、平家先生からも突き放された」
ウエイトレスが気を利かせて水を持ってきた。
グラスの中で四角い氷がいくつも積み重なっていた。
「女性への偏見と失望、平家先生への怒りが混じった感情がおまえを狂わせた。これでターゲットは決まった。教授の研究チームの名簿からターゲットの名前を絞って、チーム月から金の順番に一人ずつレイプしようと企んだ。おまえは媚薬についてもそれなりに知識があったから、それを利用しない手はない。ここからは俺がさっきも言ったように、おまえは架空のメールマガジンか何かでダイエットサプリメントの広告を彼女たちに送り、そこにアクセスさせる。成功すればそれでいいし、失敗すればターゲットを変えればいい。もちろん初回は無料だが、サプリメントの中身は依存度の高い媚薬なわけだし、体調の変化を自覚した彼女たちがリピーターになるのは確実だ。その時点で自慰やセックスの経験があったかどうかはわからないけど、性的ストレスを解消しようと彼女たちは試行錯誤する。そこへ今度はアダルトサイトの存在を匂わせるメールを送る。ターゲットの女性はそこにアクセスし、ブログを立ち上げ、淫らな画像を投稿しているうちに罪の意識が消えていく。それと引き換えに新たな意識があらわれる。アブノーマルな刺激を味わいたいという潜在意識だ。そしておまえは彼女たちのわずかな心の隙を突いて、最初の計画通りにレイプしていった」
小田の口調は冷静だった。
しかし黒城の方も顔色が変わる様子がまるでない。
「たいしたやつだな、小田は。俺がもし女だったら確実に惚れてるよ。だけどさ、被害者の体内に残されていたのは、俺の精液じゃなかったんだぜ?」
「そんなもの、ネットで買えば済むことだ。警察の目の届かないところにもそういうサイトがいくらでもあるし、女性のフリをして精液が欲しい旨を書き込めば、飢えてる連中が飛びついてくるだろうな。思惑通りに手に入れた精液をどう使ったかは、ここんとこマスコミが得意げに垂れ流している報道の通りだ」
「『魔女狩り』の最後の仕上げとして、カムフラージュのために……か」
そう言って黒城は小田から目を逸らして、カウンターの横で客の注文を待ちぼうけているウエイトレスの方を見た。
メイド喫茶のコスチュームまでとはいかないが、少し年上のバイトのお姉さんが着こなす制服姿が、彼女の貞操をあらわしているように見えて、下着の柄や局部の色までも見透かす色目を注いだ。
しかしそれが叶わないとわかると、肩でため息をついてテーブルに視線を戻した。
「黒城、おまえ、いつだか俺に冗談っぽく『俺は不感症なんだ』って言ったことがあったよな?あれ、冗談じゃなくて半分本当のことだったんだな?」
黒城は黙ったまま何も言い返さない。
「誰にも知られるはずがないと思っていたおまえは、いちばん知られたくない人にそれを知られてしまった。それが秋本文子さんだ。おまえは彼女を愛していた、いや、今でも愛している。そして家庭がある彼女と男女の契りを交わそうとした時、おまえは彼女を満足させることができず、自分自身も満たされなかった。おまえは考えた。どうやったら彼女に男として認めてもらえるのか。そこから出た答えが、媚薬だった。そうしておまえ自身も媚薬に犯されて、依存してしまった……。そうだよな?」
親友同士の空気はもうその場にはなかった。
黒城はポケットから携帯電話を取り出して時刻を確認した。
デジタルで21時50分を示している。
「そろそろ時間だ。もうすぐ最後の魔女があらわれて、優子を見つけてしまうだろう。どうする……?小田」
「俺は刑事じゃない、ただの推理オタクだ。こんなくだらない推理ゲームも今回限りで終わりにするつもりだし、なによりも……、おまえを信じてる……」
ずっと身構えていたわけでもないが、小田から信頼を呟かれた黒城は鼻から空気を抜いて、ゆっくり瞼(まぶた)を閉じた。
瞼の裏に女性の影が映る。
影はお腹を膨らませて、愛する人の面影を受け継いだ小さな命を産み落とした。
小さな命は産声をあげて、しわくちゃな手足を力強く振り回す。
自分の意思で立ち上がり、言葉をおぼえ、自分の母親が誰なのか、そして父親が誰なのかと甘えるのだ。
ママ……。
パパ……。
はっとして目を開くと、一息ついたコーヒーカップやグラスと、空になった椅子が無言で佇んでいた。
バイトのウエイトレスは相変わらず退屈そうにあくびを噛み殺していたが、黒城は彼女に声をかけようとはしなかった。
ただ、小田が置いていった最後の言葉だけが、いつまでも胸の奥でくすぶっていた。
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