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霧嶋優子が「気になることがある」と勘をはたらかせていたとき、偶然にも小田佑介の推理の線上にも、ある気がかりなことが浮上していた。
やるべきことはいくつもあったが、「ディープ」によって導き出されたデータをひとつも見落とさないように、これが最後の作業になるのだと覚悟を決めて、親しい人物や疑わしい人物の周辺を探っていった。
親友、被害者、容疑者、第三者、半ば予想していたことが的中した時には、自分はどんな表情をしていればいいのか。
そんなことにまで気を配っている余裕もないのだが、やはり予想は的中した。
そしてその人物に会うために、小田は上着のポケットの中で握り拳をつくって、駅へと向かう道を遠回りに歩いて行く。
駅に着いてからもベンチに腰掛けたり立ったりを反復して、落ち着かないまま電車を何本かやり過ごし、ようやくその重たい足を開いた扉の中へと踏み出した。
車窓からの眺めは綺麗だ。
遠くの山やビルは止まって見えるのに、すぐ近くの景色はなかなか目に映りにくい。
それもまた今回の強姦事件とよく似ているのだと、小田の胸には別の感情が湧いてくるのだった。
降りた駅の裏側には、昔ながらの家並みが瓦屋根をのぞかせていて、そのうちの一軒の門の前で小田は足を止め、呼び鈴を鳴らした。
事前に電話をしてあったから、すぐに玄関の戸が開いて、その人物は小田の前に姿をあらわした。
ずいぶんと背の高いスラッとした背格好で、口元に笑い皺をつくり、ハイネックのセーターに細い首をすぼめ、上品な身のこなしの女性。
年齢は40代前半といったところだろうか。
「いらっしゃい、わざわざこんなところまで」
艶のある声でそう言われて、小田は少々緊張した。
「こちらこそ無理なお願いをしてしまって」
「お茶を煎れるから、どうぞ上がって」
ガーデニングのハーブの香りが長い黒髪にまで染みていて、彼女のうしろには植物特有の芳香が漂っていた。
秋本文子(あきもとふみこ)、彼女に確かめなければいけないことがある。
「あなたのような人があの子の同級生だなんて、友達には恵まれているようね」
「いえ、そんな。僕は別の高校に教育実習に行っていたので、当時のことは何も知らないんです」
「そうねえ、私もちゃんとした事はあまり言えないけれど、あの子はあの子なりに教授に気に入られたくて必死だったに違いないわ。それでね、あの時の授業で教壇に立っていたあの子に向かって、ひとりの女子生徒が難題を突き出したのよ。普段なら簡単に解けるはずの問題がね、緊張していたのか、恥ずかしかったのか、あの子は結局解けなかったの。そうしたらその女子生徒が簡単に解いてしまったものだから、あの子はますます立場をなくして、挙げ句の果てに教授からも見放されたらしいわ」
「その教授の名前って?」
「たしか……、平家って言ったかしら」
これだから推理ゲームには何が起こるかわからない魅力があるのだと、小田は秋本文子の口から出た言葉に興奮を隠せなかった。
「高校で私が教えていたあの子と教育実習で久しぶりに会えたと思ったらあんなことになって、通っている大学ではひどい事件が起きているのに。世の中なにがあるかわからないわね」
「せっかくの思い出話なのに、なんかすみません」
「いいのよ。そういえばあの子のお父さん、ほら、パソコンのなんて言ったかしら、私はあまり詳しくないけれど、すごいサイトを開発したとかで一時期噂になって。でもあれは違法の分類に入るらしいから、あの子もそういう父親を持っていろいろと悩んでいたみたいね」
掘れば掘るほどなんでも出てくる彼女の話題に、これでいよいよ自分の出番も終わりに近づいているのだと、小田は空しく目を泳がせた。
それにしても秋本文子という女性の女性らしさというか、母性愛に満ちた佇(たたず)まいというのか、神秘的な魅力は年齢を重ねても衰えることがないのだと感心してしまう。
今回の連続強姦事件の犯人にしても、女性のそういう部分を他の誰よりも敏感に嗅ぎ取れたというのは、認めなくてはいけない。
認めるが、許さない。
犯罪は犯罪なのだ。
本来ならばここから先は警察の仕事の領域になるはずなのだが、小田は秋本文子から得た情報と、「ディープ」でこれまでに探り出したデータの仕分け作業をする為に、最後に彼女に深くお辞儀をして、もと来た道をただただ辿って行くのだった。
*
この部屋は都合がいい。
夜になればこんなふうに顔の見分けがつかないし、空調も効いていて、必要ならば明かりも点けられる。
とりあえず目隠しと手錠は済ませた。
媚薬も効いているはずだ。
それじゃあ、四人目の「魔女」を存分に可愛がってあげようかな。
光も届かない心の深層に闇を抱えたまま、男は体の節々を振り回して準備運動をはじめる。
倉庫だからパイプ椅子は捨てるほどあるし、それらをいくつか並べて組み合わせれば、間に合わせの「調教台」が完成する。
成人女性ひとり分のスペースだ。
四人目の魔女、霧嶋優子がそこに横たわっている。
倉庫の明かりを点けてみるとその姿がくっきり見えた。
くしゅっとギャザーをきかせたグレーのパーカー、まるいお尻を包む赤茶色のショートパンツ、そこから伸びる太ももから爪先は黒タイツがよく似合っている。
どういう遺伝子を掛け合わせれば、こんな完璧な「イヴ」が生まれてくるのだろうか。
男は頭の中で何度もそんな掛け算を繰り返して、美しい獲物に冷静な目を向ける。
出来合いの調教台の上で優子はもがいていた。
そこから逃げ出したいというよりも、媚薬の効き目を体中に感じて喘いでいる様子だ。
両手首には手錠、顔の半分ほどが隠れるアイマスク、口は塞がっていないのに絶叫するでもなく、その代わりに甘ったるい吐息を吹きつけている。
「うっ、ううう……ああう、あっ……」
唇のグロスを舐める舌先から唾液がしたたりおちる。
男は無言のまま彼女に歩み寄って、レイプの気配を悟らせるために、用意しておいた玩具の中からローターを選択し、スイッチを入れた。
ヴイイイイーン……。
回転数を上げてローターが唸った。
その音が彼女の耳にとどく。
ピンク色の球を振り子のように揺らしてやると、アイマスクの彼女は音を追ってそちらに顔を向ける。
唇は半開き、尿意を我慢するみたいに両脚をすり合わせて、化粧した頬をさらに紅くさせる。
男は言葉を発しない代わりに、自分の股間をごわごわと膨らませ、彼女のパーカーのジップを裂いた。
「いやっ!」
優子の声だ。
その瞬間は顔を背けて拒絶していたが、鳴り止まないローターの音を聞き取ると、またすぐにこちらを向きなおした。
はだけた服の下からふくらみが二つ見えた。
それは彼女の呼吸に合わせて上下に揺れ、男はそこにローターを落としてみた。
「んんっ……」
彼女は歯を食いしばり身をよじった。
くすぐったい振動がシャツとブラジャーを突き抜けて、乳頭を震わせた。
なかなかいい反応を見せるものだなと、男は含み笑いをして、彼女のシャツとブラジャーを一気にずり上げた。
予想通りの白い体型が見事な凹凸をつくっていた。
その肌の上をローターがすべっていく。
「いっ、いいっ、んっんっんっ……」
乳房の外側から円を描いて乳首に近づけていって……そこに命中させる。
「ああっ!」
その瞬間、アイマスクの裏側に優子にしか見えない景色がひろがった。
両脚をしょんぼりと折りたたみ、結露が下半身を濡らしているような感覚に堕ちた。
「どうした?イったのか?」
ようやく男がしゃべった。
優子は弱々しく首を横に振る。
「俺が確かめてやる」
男は優子の腰からショートパンツを脱がし、タイツを脱がし、ショーツのデザインを舐めるように見つめた。
おそらくリボンの裏側はちぢれた恥毛、その下のシームの幅と同じサイズで陰唇があるのだろう。
クリトリスは……ここだ。
男の推測した場所に期待したものがあり、そこを指で押してやると、優子の女の内臓に電気がはしった。
「かっあああっ……、あん……、はあ……はあ……」
濡らしすぎたせいか、ショーツから湯気が立っている。
「おなじ媚薬を、俺も飲んでいる」
そう言って男は自分のズボンに指をかけて、それを脱ぎ捨てた。
ボクサーブリーフの前だけが尖っている。
下着の窓を開いて、そいつを外に逃がしてやる。それこそがその男の最大の武器であり、コンプレックスでもあった。
優子からは見えない存在が、優子の口の中を肉肉しく犯した。
じゅぱっ、じゅぱっ、と重たい音が倉庫にひびく。
男は自分の足の動作だけで優子のショーツを器用に脱がせた。
彼女に膝立ちでフェラチオをさせているこの角度から、彼女の局部は見えないけれど、そこから垂れる蜜は確認できる。
糸をひいて切れたかと思うと、またすぐに糸をひいて粘液が滴ってくる。
ショーツで吸える分の液はもう吸いつくしていて、調教台の座面は水びたしだ。
優子のテクニックが上手いのか、それとも媚薬の効果が体に合っているのか、男は優子の顔の前で数回腰を振ったあと、尻の筋肉をふるわせて、あっという間に射精した。
優子は口の中に溜まった精液を舌でかき集めて、喉に流し込んだ。
「けほっ、けほっ」
むせる優子の前で男はもう次の準備をはじめていた。
媚薬のせいにしろ、今の段階ではまだ優子はこの状況に合意しているわけだから、レイプは成立しない。
ここからが「デリシャス・フィア」のほんとうの恐ろしさなのだ。
「俺は今、それぞれの手に別のアイテムを持っている。右か左か、どちらかを選ばせてやる」
視界のない状態で選択を迫られた優子は、「右……、やっぱり左」と先ほどの生臭い味を口に残したまま言った。
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