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秋の夜はしみじみと長い。
ひとりの時間を持て余した白い肌が、夜明けを待ちきれずに弓の形にのけぞって、床に立てたミドルサイズのディルドに身をまかせていた。
「あん……ふっ……ふん……うんん……はっあっあっ……ああ……ああ……」
獣の性器にも見える淫らな道具をくわえた女腰は、沈んで浮いて、沈んで浮いて、はしたなく潮を吹いている。
ねっとりと愛液を練り込んで絡みつく音が、糸を引いて切れることがない。
たとえばバイオリン奏者は指で弦を押さえながら、細かく指を振動させて旋律に厚みを与える技を持っている。
今、彼女が自分のクリトリスの輪郭を撫でているタッチは、バイオリン奏者のそれにとてもよく似ている。
その行為が美しいか醜いかはわからないけれど、21年間の熟成期間を費やした女性の体から出ているのは、甘い蜜と卵子臭だった。
私は渇いている。
とても怖くて強い媚薬のせいで本能だけを露出したまま。
ああ、もう、私の中にも魔女が棲んでいるというのに、どうして気付いてくれないのだろう。
イキたい私にイクなと言って。
ふしだらな言葉をいっぱい言わせて。
種のないザーメンを何度でも打って。
偽ったり、疑ったり、惑わせたり、化かしたり、そんなまわりりくどい事はいらない。
不純な性だけあればいい。
生きているだけで気持ちいい、そんな体にさせて欲しい。
そしていつか私はこう呼ばれる……、「最後の魔女」だと。
女性の体はとてもデリケートで溶けやすいものらしい。
だから彼女の膣からはバターを溶かしたような匂いと、あたたかい愛液がぐずぐずと染み出していて、子宮を突き上げるディルドを中心にフローリングの床に水たまりをひろげていった。
彼女の股を散らかしているその玩具にしても、ネット通販サイトでコスメグッズやファッションアイテムを選ぶ感覚で、自分の体(性器)のサイズや好みのデザインと魅力を感じる機能などを比較しながら、生活必需品として購入したものだった。
「あ、これ可愛い」、そうそう、そういうノリで。
そんなオモチャを色目で見つめたまま口にふくませたり、馬にまたがる体位で快感に小顔を歪め、舌先で唇の膜をくすぐり、肌にまとわりつく汗は蝋(ろう)を溶かしたように涙のかたちで流れていく。
「ああ……いい……いいく……いくいくひいっ……いっ……」
やたら女目線を意識した造りのお洒落なラブホテルとかなら、それなりに喘ぎ声をあげてもお隣さんだって気にならないだろう。
それが壁の薄い安アパートともなれば、セックスにだってオナニーにだって気配りが働いて、なかなか満足のいく快感は得られない。
それでも彼女は若さが飛び散るイキ顔をしかめながら、ふやけた肉体を痙攣させて尽き果てた。
もうこれ以上ないほど昇りつめた後に、せつない喪失感が膣から子宮に向かってウヨウヨと這いずりまわる。
それが媚薬に依存した者の体質なのだ。
「はあはあ……はあ……ふっはあ……いや……もっとああ……あはんあああ……」
丸みのある体をもっと丸めて、モヤモヤした性欲に耐えようとした。
そこに甘えがあった。
甘えにつけ込むように媚薬が神経を犯して、彼女はタブレット容器から錠剤を口に落とし、ローションボトルの液体を局部に塗り塗り、大きくひらいた口を天井に向けた姿勢で、濡れた巾着の口に新しいバイブレーターを埋めていった。
「あふうう……ああ……おかし……く……ななっちゃうう……」
片手でお腹をさすりながら、もう片方の手はバイブレーターの強弱と回転を操って、ただ悔いが残らないように、女であるということに感謝の行為を繰り返すのだった。
*
警察の捜査にはなかなか進展が見られない。
容疑者として拘留中の数馬良久の顔写真を徳寺麻美に見せても、彼女は彼の事を知らないと言う。
では誰に強姦されたのかと問いかけても、「知らない人」という言葉が返ってくるだけ。
行方不明の植原咲にしても事件直後からの足取りが掴めず、携帯電話も繋がらないし、彼女が所持していると思われる徳寺麻美の携帯電話にも繋がらない。
一ヶ月前の強姦事件で被害に遭った美山砂羽の方もおなじく、彼女の部屋に残されていた体液の持ち主以外の新たな容疑者はなかなか浮かんでこないまま未解決なのだ。
そんな色っぽい事件ばかりが起きた当のS大学では、スケジュール通りに学園祭の準備が着々と進められていて、皮肉にもハロウィンの仮装衣装でもある魔女の黒いマントやレオタードスーツを着たマネキンが、道行く学生たちの目を楽しませていた。
キャンパス内のあちらこちらで若くて黄色い声が輪をつくっていて、すぐそばでレイプ魔が息を潜めているとは思えないほど華やかな風景が、事件のことを少しのあいだ忘れさせてくれる。
「優子は合コンの相手に何を望んでるの?」
「そうね、まだ結婚とか考える年齢でもないから、とりあえずその場が楽しければいいかな、なんて。それでその後でまた会いたくなったら付き合えばいいし、気が変わったら別れるみたいな。花織は?」
「私は好きな人ができたら一途だからさあ」
「そうだよね」
「就職先が見つからなかったらその人と結婚して、家庭に入ってみるのもいいかな」
花織がしみじみ言うものだから、優子は意地悪してみたくなった。
花織のニットの服の上から胸のふくらみを揉みながら、「奥さん、可愛い顔して、夜はけっこう激しいのかな?」とふざけた。
「いやん、やめてよもう、このエロ女子大生」
「花織が人妻なんて想像したら、ちょっとレズっ気が出ただけよ」
ふふふ、と二人は笑い声を噛みしめて、この信頼関係がいつまでも続けばいいと思った。
「そういえば、花織って最近いつも水筒持ち歩いてるよね?」
「え?……ああ、ちょっとね、すぐ喉が渇いちゃって」
「無理なダイエットとかしてないよね?」
「うん、大丈夫。中身はただのスポーツドリンクだから」
花織が水筒のキャップをはずして一口飲んだあとに、二人がずっと遠くに目を凝らすと、平家教授が数人の女子学生を従えて歩いて行くのが見えた。気取った笑顔でわざとらしく機嫌をうかがうその表情は、遠目に見ても優子の心を気持ち悪くさせるようだ。
「あいかわらず不健康そうな顔色してるわね、平家先生。あんなに色気を振りまいて、意味がわかんない」
「そうだね。あれだけ女の子に人気があるのにまだ独身だなんて、人は見かけによらないね」
冷たい視線を送る優子の横で、花織だけはあたたかな眼差しを平家教授に向けていた。
「あたし」、と優子が立ち上がり、花織が首をかしげる。
「ちょっと気になる事があるんだよね」
「なに?」
「二年の徳寺麻美さんがレイプされた現場に行って確かめようと思って」
「あのショッピングモールのトイレに何があるの?」
「それはわかんないけど、あの教授があやしいんだったらそこに何かしらの手がかりがあるのかも知れないし」
「そんなのとっくに警察が目をつけて調べてるんじゃない?」
「そうだけど、あの色男先生の仮面を剥がしてやりたいの。花織にだってはやく目を覚まして欲しいし。これは親友からの忠告よ、あの平家先生だけは心を許しちゃ絶対ダメ。単位の事を交換条件に出して言い寄られたとしても、あの人は花織が思ってるような善人じゃないのよ。いい?」
「私は平家先生とどうにかなろうなんて思ってないわ。年上で大人だから、ちょっと憧れてるだけ」
「男は結局みんな女の子のおっぱいとアソコの事しか考えてないんだから、花織にだけは変な虫がつかないように、この霧嶋優子がまもってあげるからさ」
「なんか、口ではエッチな事ばっか言ってるけど、やっぱり持つべきものは親友ね」
「安くしとくわよ」
似た者を呼び合うような若者たちの笑い声がまた秋の空に吸い込まれていって、気まぐれに変わっていく雲のかたちに季節が深まるのを感じるのだった。
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