銀行の窓口受付として働く女がいる。
慌ただしくも正確に業務に就く女。
地方銀行とは言え昼時ともなると一段と慌ただしくなる銀行業務。
そんな女に1人の男が視線を向けていた。
片手には預金通帳と印鑑が握られている。
そして男は、おもむろに女の担当の窓口に近付いた。
「あの…定期預金を解約したいのですが…」
「あ…恐れ入りますが…そこの順番カードを御取りになって お待ち下さい 順番が来ましたら お呼び致しますので…」
そう言って女は笑顔で機械に手を差し向け男に言った。
男は言われるままに指示に従い順番を待った。
そして男の順番になり再び女の担当する窓口に向う。
「解約をしたい…」
それだけを伝え通帳と印鑑と必要書類を差し出した。
男は手続きの間 女の業務する姿から目を離さない。
歳の頃から人妻風の三十半ばの女…
名札には【藤田】と書かれている…
清楚な感じの美人な女であった。
そうして解約作業が終わるまで間 再び名前が呼ばれるまで椅子に腰掛け待つ男。
しかし片時とも女から目を離さない。
そうして解約完了の知らせを告げる名前が呼ばれる。
男は用意された現金を手に女に礼を言う。
女も笑釈で男を送る。
現金を手に銀行を後にする男…
《待ってな…》
男は心の中で呟き 玄関を出る間際に再び振り返り女の担当窓口を見る。
そうして舌舐めをしながら不気味に銀行を後にする男であった。
それから2週間程した頃…
銀行に2人の男がやって来る。
1人の若い男は女の担当する窓口に新規取引の手続きに現われる。
もう1人の男は車の中から遠巻きに銀行から男が戻って来るのを待っている。
そうして新規の通帳を片手に戻って来た男に労いの言葉を掛ける男。
「ご苦労さん…」
「間違い無いです…この女で…」
若い男は新規の通帳と共に1枚の写真を男に手渡した。
通帳と写真を受け取った男は写真を手に呟いた。
「俺達も商売なもんでな…悪く思うなよ…」
そして見向きもされる事も無い通帳は後部座席に捨てられる。
女を確認するだけに作られた使われる事の無い通帳が悲しくゴミとなる。
「明日から徹底的に女の行動を調べろ…」
男は若い男に指示を出し、そうして車は静かに走り去る。
それからと言う日々は女の身辺を邪悪な監視の目が光る。
業務から仕事終わりまでは勿論の事 帰り道の買い物 自宅まで総ての女の日常が監視されるのであった。
何も知らずに平穏に日常を送る女。
総てを監視されている事など知る事も無く時は過ぎて行く。
「どうだ?何処まで調べた?」
3週間ほどが過ぎた頃 若い男に調査の経過を尋ねる男。
「やっぱり人妻ですね…藤田徳子 38歳 16の娘が1人 旦那は同じ歳で単身赴任中 銀行は以前から勤めてて再雇用の契約行員です」
「22の時にガキを産んだのか…見えねえな…そんなガキが居るなんて…」
「週に一度 美容エステに通ってますね…」
「エステか…通りで綺麗なはずだ…」
そうして若い男は数枚の写真と調べた結果を綴った書類を差し出した。
遠巻きから望遠で撮られた女の写真…
どの写真を見ても目劣りしない美人姿…
男は写真と報告書に目を向けながら携帯電話を掛けた。
「おぅ…俺だ…お前…今から来れるか?」
何やら誰かと待ち会う約束を取り付け電話を切った。
そして1時間後…
「すまねえな…無理な仕事させてよ…」
電話で呼び出した男が男の元に現われる。
「良いって事よ…昔の好みって奴だ…」
「で…どうだ? 進んでるのか?」
「あぁ…後は何時か決めるだけだ…」
そうして男は女の写真をテーブルに何枚も並べた。
「しかしよ…お前も堕ちたな…まだ…この女に入れ込んでたとはな…」
「俺には この女しか見えてねぇ…」
「でもよ…本当に良いのか?」
「あぁ…勿論だ…あの女の幸せなんて俺は望んじゃぁいねぇ…」
「まぁ…俺は商売だから構わねえが…お前って奴は…昔から変わらねえな…その陰湿さは…」
「それより早くしてくれよ…もう待てねえよ…」
「解ったよ…ほら…鍵だ…」
男は鍵を男に手渡した。
「此処に書いてある住所の鍵だ…準備が出来たら電話するから…其処に行け…」
メモ書きした住所を男に手渡す男。
「しかし…解ってるよな…? お前に引き渡す前に…」
「解ってるよ…破格で受けてくれてんだからな…」
男は最後まで話を聞く事も無く承諾する。
「解ってんのなら…早速…って事で…」
そうして男2人は別れるのであった。
男は早速に若い男を呼び出した。
「段取りは お前に任す 準備してくれ」
「解りました」
「それと 田中を使って例の撮りを頼む…」
若い男は男の差し出したメモ書きの名前を見て驚いた。
「え…? この男でやるんですか? まだ服役中じゃ?」
「来週には出て来るんでな…この男じゃ…不服か…?」
「い…いぇ…べ…別に…」
「出所祝いって奴だ…さぁ…早くしろ…客がお待ちかねだ…」
そう言って尻を叩き男に行動させるのであった。
男は誰も居なくなった部屋で女の写真を眺めながらソファーに腰を落とす。
「あんたも…不運だな…あの男に睨まれたら…諦めるしかねぇ…」
男は写真に向かい呟いた。
「しかし…堅気の女にしとくのは…勿体ねえな…あの男が熱上げるのも無理はねぇな…」
そして…
「良い絵が撮れそうだ…」
そうして男はタバコに火を点けるのであった。
そんな頃…
「待ってな…もうじきに…あの時の借りを返してやる…」
男は一冊のアルバムに血走った眼光を注いでいた。
学生時代の卒業アルバム…
しかし その集合写真の1人だけが何度も鋭利な物で突き刺した跡があった。
そして 同じページに写る1人の女の写真の部分だけが何故か切り取られていた。
その切り取られた女の名前…
【中川 徳子】
そして 無残にも突き荒らされた人物の名は…
【藤田 裕二】
「こいつだけは許せねぇ…」
男は また 写真に傷をつけ怒りを顕にする。
さかのぼる事 数十年前…
男は この男に陰湿な嫌がらせを受けた。
そして その事が男の人生をも歪ませる事となった。
秘かに徳子に恋い焦がれ憧れていた男。
だが 自分など手が届く事など無い学校内でも評判の美人…
誰しもが頷く美人の徳子を男は遠巻きから見るだけであった。
そんな頃 ある事件が起こる…
徳子の体操着が盗まれると言う事件が起こった。
学校中でも評判になり、犯人探しが生徒の中で遊び感覚でされるようになった。
しかし犯人は見つかる事が無かった。
そうした中で一部の生徒達だけが面白半分に犯人探しを引き続き行っていた。
そんな中で男は有らぬ濡れ衣を着せられ堕とし入れられる。
何者かが 徳子の体操着のブルマを再び盗み出し 男の持ち物に混入させ犯人に仕立てあげた。
そうして弁解の余地も無く濡れ衣を着せられ学校中から爪弾き者にされる。
淡い恋い心も一瞬の内に叩き潰された男。
それどころか有らぬレッテルをも貼られ 挙げ句には学校に行く事も出来なくなる程になり不登校が続いた。
それでも男は辛うじて卒業する事が出来たが 卒業式に出席すると罵倒され最後まで式には居れなかった。
そうして月日は流れ…ある話を耳にした。
それは怒りを爆発させる起爆剤となった。
【徳子と裕二が結婚した】…
そして…あの忌まわしい濡れ衣の立案者は【裕二】だったと言う事。
男は恋い焦がれた女をも奪われ そして 楽しいはずの学校生活も奪われた。
男は その日から人生を再度 狂わせて行く。
歪んだ男の心は簡単には許さなかった。
それどころか 復讐の矛先を恋い焦がれた女に向けると言う歪んだ嫉妬が沸き上がって来た。
そうして男は その嫉妬復讐の為だけに生きてきたのであった。
「お前…俺の顔まで忘れたようだな…」
男に貰った銀行業務をする女の盗撮された写真に呟き舌舐めする男。
「窓口で お前を拉致る金 卸したんだぜ俺は…なのに気付きもしねえ…」
「自分が拉致られる為の支度金…用意する気分はどうだった?」
「あの時に叶わなかった想い…叶えさせて貰う…そして旦那にも味わって貰う…最高の屈辱をよ…」
そうして男は歪んだ祝杯と言う酒を浴びるのであった。
続く。
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