昼休み、宏道をソープに誘った先輩が昨日仕事で大きなヘマをして落ち込んでいるはずの宏道の姿を探した、デスクにはいない。
給湯室にも、喫煙所にもいない。仕方なく外に出ると、近くの公園のベンチに一人で座っている宏道を見つけた。
スマホを弄りながら缶コーヒーを飲み、陽光の下で穏やかな顔をしている。落ち込むどころか、普段より明らかに元気そうだった。
「おい、吉田」
先輩が声をかけると、宏道が顔を上げて軽く手を挙げた。
そんな宏道の態度に先輩は戸惑いながら隣に腰を下ろし、仕事のヘマには触れないよう、天気や最近の部署の話で雑談を続けた。
宏道の返事ははきはきしていて、声のトーンにも暗い影がない。
(なんだ元気じゃないか、これなら大丈夫だろう)
先輩が安心すると同時に少し誂ってやろうと
「そう言えば……この間、連絡先貰った嬢とは連絡取った? やっぱり会おうとしても言い訳ばかりで、店に来るよう言われたか?」
と意地悪そうに聞く、本来なら“ええ、なんだかんだで忙しいけど会いたいから店に来て、って言われました”と言った返事を期待していた先輩だったが、宏道はそんな先輩の期待を裏切り、ニヤリと笑うと
「あの女なら昨日呼んだらすぐに会いに来ました、そしてホテルに誘ったら黙ってついてきて一晩中、させてくれました」
と自慢げに話す、そんな宏道の話に先輩は目を丸くした、そして驚きつつも、すぐに疑いの色を浮かべる。
「マジかよ……本当なら詳しく聞かせろよ」
宏道は缶コーヒーを傾げながら、得意げに話を続けた。
一方、午後になって店に出勤した美沙子。
事務所のドアを開け、元気よく声を上げる。
「おはようございます!」
事務椅子に座っていたスキンヘッドの店長とスーツ姿のオーナーが、同時に顔を上げた。
二人は美沙子の過去をある程度は知っている、浮気した元夫とその愛人にハメられ、息子に虐待したとでっち上げられ、学がないせいで根拠のない借金を背負わされその後の人権を取り上げられた女、似たような話がよくあるとは言い難いが二人の住んでいる世界ではたまに聞く話だ。
そんな美沙子とオーナーとは15年、店長とは10年ほどの付き合いになるが今までの美沙子は笑っていてもどこか影のある目をしていた。
その美沙子が、こんなに明るい声で挨拶してくる、二人は思わず顔を見合わせ、しばらくの沈黙のあと店長が口を開いた。
「……彼氏でも出来たのか?」
男で傷つけられた心が男でしか癒せない、そう信じている店長の問いに美沙子は明るい笑みを浮かべ
「ええ、大学卒業したばかりの若い子を、捕まえました」
と元気に答える、美沙子の実年齢を知っているオーナーが二十そこそこの男を捕まえたと聞いて、苦笑いを浮かべる。
「そんな息子ぐらいの男を捕まえて、犯罪じゃないか」
美沙子は笑顔を崩さず、明るく話を続けるが店長とオーナーは誤魔化せない
「惚気話を聞かされ続けると俺達もなんか勘違いしそうだから」
「そうだよ、20後半ぐらいでいいやと諦めてたのに…JC狙うか?」
「店長!お、お前…ここにガサ入れさせるつもりか!今までの俺の苦労無駄にさせるつもりか!」
軽口をいいながら少し雑談を交わしたあと、オーナーが立ち上がった。
「あっ美沙子5時から松ちゃんの指名が2コマ入ったから今日は疲れたからまったりしたいらしい」
そう言って足を引きずりながら、ゆっくりと事務所を出ていく。その後姿を見送る美沙子、美沙子はオーナーの足が不自由になった理由を知っている、その時その現場にいたからだ。
そして美沙子がその時に現場にいたからこそオーナーは足一本で済んだ。
その時の恩を感じてオーナーは美沙子を借金から自由にしてやろうと申し出たが、その申し出を美沙子は断った。
その時点で美沙子は5年以上人に言えない様な扱いを受けていた、今更普通の生活に戻れと言われても行く場所もなかった、生活に困らないようこれからいくらでも金を出してやるとオーナーに言われても欲しいものが何も思い浮かばない美沙子は頭を下げてこの世界に留まらせてもらっていた。
オーナーが出て行ったドアに向かって美沙子は黙って深々と頭を下げる、そんな姿を店長は黙ってみていた。
五時になると常連の松木が店にやってきた。
美沙子はいつものように白襦袢姿で部屋に入り、入り口で三つ指をついて深々と頭を下げた。
「いらっしゃいませ。本日も美沙子がお相手させていただきます」
そんな美沙子に松木は気さくに手をふり
「そんなのはいいから」
そう言いながら上着を脱ごうとする。美沙子は慌てて寄り添い
「私の仕事ですから」
と甲斐甲斐しく手伝う、今までオーナーが紹介してくれた客の中で一番の古株で松木はかれこれ十年以上、月に四~五回は必ず美沙子を指名してくれる常連だった。
美沙子と同じ四十代、年齢に似合わずガタイがいい。ジムで鍛えた見せるための筋肉ではなく、格闘技か肉体労働で培ったような、実用的な筋肉の塊。
松木はあまり自分のことは話さないが、いつも紳士的で、美沙子のお気に入りの客の一人だった。
サービスが始まり、いつものように松木の上で腰を振っていると、松木が静かに口を開いた。
「なんか、いいことあったの?」
自然と悦びが顔や動きに出ているのだろう。美沙子は少し考えてから、正直に答えることにした。
松木は十年以上、店外で会おうとしたこともないし、連絡先も聞いてこない。
営業用の携帯番号を教えても、「美沙子が寝ているときに掛けてしまったら迷惑だから」と、わざわざオーナーを通じて指名してくる客だ、この人になら、話してもいいだろう。
「彼氏が…新しい若い彼氏が、できたの」
松木は心から笑った。
「それはおめでとう、前から言ってただろ。美沙子はまだ若いんだから絶対彼氏もできるって…あっ、でも、急に黙って店を辞めるのはなしだよ。美沙子の卒業を祝えないから」
松木はそう言ったあと凄く言いにくそうに
「仕事の事は…彼は知っているの?」
と心配そうな顔で聞いてくる、美沙子は腰の動きを止めず、悪戯っぽく舌を出し
「ここで出会ったの」
それを聞いた松木が少し驚いた顔をし、若いと聞いてもせいぜい5歳ぐらいの年齢差だと思い込んだ松木はそれから優しく聞いた。
「理解があるならいいね。まだ早いだろうけど……結婚とか、考えてる?」
その瞬間、美沙子の腰の動きが止まり、明らかに表情が曇った。
松木は地雷を踏んだすぐに察し、必死に謝る。
「ごめん、本当にごめん! 余計なこと聞いた。今日はもう終わりでいいよ、美沙子のこのあとのコマ全部買うから今からでも彼のとこに行きなよ」
必死に謝りながら美沙子に償おうとする松木、そんな松木の態度に美沙子はゆっくりと腰の動きを再開させながら、苦笑した。
「こんなお店でお客に気を使わせるなんて、私っておばさんになってもまだまだ駄目な女ね」
それでも松木が何度も「本当にごめん」と謝り続ける、美沙子は指を立て、彼の唇にそっと当てた。
「もうこの話は、ここで終わり。松木さんは気持ちよくなることだけを考えて、そうしないと怖い店長と恐ろしいオーナーに言ってで禁止しちゃうぞ」
美沙子は少し悲しそうな笑みを浮かべて再び腰を深く沈めた。
肉棒を内側で優しく締め付け、ゆっくりと円を描くように動かす。松木の謝罪の言葉を、甘い吐息で塗りつぶすように。
美沙子は目を細め、松木の胸に手をつきながら、静かに腰を振り続けた、店の蛍光灯の下で、彼女の表情は穏やかで、どこか満たされていた。過去の影が、少しだけ薄らいでいるように見えた。
※元投稿はこちら >>