どこの街にもローカルな情報誌のようなものがあると思うが、この街にも市役所の広報誌程度の量ではあるが、同じような情報誌があった。
その情報誌には仕事を頑張る若い人をクローズアップするコーナーがある。
そこに葵を載せたい、と言う話が持ち上がっていた。
常連の方が編集部の人と知り合いで、そのコーナーに載せる人を探しているのを聞いて、行きつけの店の若女将、つまり葵の話をしたらぜひ取材させてほしい、と持ちかけてきたのだった。
初めその話を聞いた時、葵は頑なに断った。葵の性格からはそうだろう。
1番後押しをしたのは妻だった。
同じ女性として、普段の葵の頑張りや振る舞い、すべてをきちんと見ていて、葵を認めている証しだった。
俺もそれに同意した。
息子は自分の愛する妻が情報誌とはいえ、世間に曝け出されるような形になってしまう事に気が進まないようだった。
その情報誌は無料で各戸に無料で配布される。それが気が進まない理由だったが最終的には了承した。
後日、営業前の店で撮影が行われた。
カメラマンが様々な注文をつけることに葵はあたふたしながらもなんとかしのいだ。
それから1月余り経った頃、編集部の人が最新の情報誌を持って挨拶に来た。
情報誌のそのコーナーには、皿をもってにこやかに微笑む葵の姿があった。
長い黒髪の清純無垢な笑顔で今にも、「いらっしゃいませ!」と、声が聞こえてくるようなそんないい写真だった。
それから少し経って店の状況は変わった。
無料の情報誌を見て、実際の葵の姿を見ようと思われる人が次々と来店するようになったのだ。
これまで満席になるようなことは年に数える程くらいしかなかったが、お断りをお伝えするだけでなく、外に並ぶお客も現れるようになったのだ。
葵を目当てにいろんなお客が来た。
しばらく遠ざかっていたお客だけでなく、初めてのお客が多かった。
その中には、こっそりと葵を盗撮したり、堂々とデートの誘いをするような不埒な客も見られた。
流石に悪質な輩は代金をもらわず帰っていただいた。
「やっぱりメディアの力って大きいのねぇ…。」
閉店後、妻が言った。
葵は恐縮したのと恥ずかしさのあまり、
「…なんか…いろいろ迷惑かけちゃって…」
申し訳なさそうに小さくなっていた。
確かに、あんな笑顔を見せられたら気にしないほうがおかしいだろう。
だが、それだけでは終わらず、その情報誌を見た他の有料の情報誌の取材も受けざるを得ない状況になったのだ。
店や情報誌の事務所を行ったり来たりすることが多くなっていた。
そんな時、光琉は妻が預かることになった。そして崇が葵の送り迎えをした。
初め、崇は葵以外の人が光琉の面倒を見ることに懸念があり、光琉を置いて出かける事を渋っていたが、
「光琉は葵ちゃん譲りだから、あんたより全然手がかからないわよ。」
と、妻から一蹴されていた。
ある日、また取材の予定が入った。
その日崇は友達と釣りに行く予定だったので俺が送迎することになった。
「いつもより遠い遠いとこでみたいなので…お義父さんとお義母さんのせっかくのお休み無駄にしてしまって…」
申し訳なさそうに謝る葵に妻は、
「大丈夫よ。元々友達も光琉に会いたがってたし、みんな来てくれるから全然楽よ。それよりもお父さん連れ出してくれる方が助かるわ。」
そう厄介払いされながらも、送り出してくれた。
当日、葵は薄いブルーのワンピース姿だった。着物は着なくていいのか、と尋ねると
「あ、はい…聞いてみたんですけど普段着のままでもいいって…」
「そうか、じゃあ行くよ。」
そう言って車を走らせた。
「A市のB地区に行けばいいんだな?」
「はい…、あの、お義父さん…そっちのバイパスからでなくて、国道から行ってもらえますか…?」
「えっ?…遠回りになるぞ?」
「…お願いします…」
それ以上は何も聞かず、車を走らせた。
同じA市に行くのは間違いないが、聞いていた取材場所からはどんどん離れていく。
そして、
「この先の信号、左にお願いします。」
葵に指示されたまま信号を曲がった。
そしてそれまで無言だった葵が口を開いた。
「お義父さん、ごめんなさい…嘘つきました…お義母さんにも…崇さんにも…」
「なにかあるんだね…怒らないからいってごらん…。」
おそらく何か魂胆があるのだろうと薄々感じていた俺は穏やかに聞いた。
「取材…ほんとは嘘です。最初からありませんでした…こうでもしないと…」
そんな意味ありげな葵の言葉を、眼の前に見えてきたものを確認して理解した。
走らせる車の先には、数件のラブホテルが立ち並んでいたのだった。
「そういうことか…。」
葵は俯きながら頷き、
「ここまでして、って思うかもしれないけど…それでも私…」と言った。
そして俺達はそのまま立ち並ぶラブホテルの1つに入って行った。
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