第五章:家族旅行(4) 黒いワンピースの母
夕方、別荘に戻ると、キッチンから包丁の音が聞こえた。
美香はエプロン姿で、泰三と並んで夕食の支度をしていた。
笑い声が、何事もなかったかのように響いていた。
食卓にはグリルした野菜と鶏肉、赤ワインのボトル。
グラスに注がれたワインが、夕暮れの光を受けて
深紅に輝いていた。
窓の外では風が木々を揺らし、カーテンがゆっくりと
踊っている。
美香は黒のノースリーブワンピース姿。
短めの裾から覗く脚が、夕暮れの光に染まり、
肌の輪郭を浮かび上がらせていた。
グラスを傾けるたび、肩が揺れ、布地が肌に沿って滑る。
その動きに、泰三の視線がわずかに吸い寄せられていた。
「ねえ、泰三さん」
美香が身を乗り出す。
その拍子に、胸元が彼の腕に触れた。
だが彼女は気づかず、笑顔のままワインを口に運んだ。
「暑いね…風が気持ちいい」
美香の声は、酔いのせいか甘く柔らかかった。
泰三がグラスを置くと、美香は彼の手を取った。
その仕草は、無邪気にも見えたが、どこか過剰だった。
美香の指が、泰三の手を自分の膝の上に導く。
太ももに落ちた泰三の手は、風のように静かだったが、
確かにそこにあった。
大樹は、グラスの縁越しにその一連の動きを見ていた。
言葉は出なかった。
胸の奥で何かが静かに軋んでいた。
「酔ってる?」
泰三が囁くように美香に問いかける。
「うん、少しだけ。なんだか…あなたの手、あったかい」
美香は、泰三の肩に頭を預けた。
その仕草は、母でも妻でもない、美香という一人の
女性のものだった。
衣擦れの音が、風の中で微かに響いた。
彼女の脚が組み替えられ、ワンピースの裾がさらに
持ち上がる。
光がその間に差し込み、空気が変わった。
大樹は箸を止め、二人の間に流れる空気を感じ
取っていた。それは、家族のものではなかった。
もっと深く、もっと曖昧で、もっと危ういものだった。
「ごちそうさま」
大樹は立ち上がり、誰にも目を合わせずに自室へ
向かった。
扉を閉めると、風が窓を揺らした。
その音が、さっきの衣擦れと重なって聞こえた。
黒いワンピース、肩の露出、甘える声。
そして、母の姿ではない美香。
ベッドに横たわった大樹は、目を閉じた。
美香はグラスを傾けながら、廊下の奥に目をやった。
大樹が部屋に戻ったことを、扉の音と足音の間隔で
確信する。その瞬間、美香の肩の力がふっと抜けた。
まるで誰かに見られていた舞台が終わり、幕が
下りたかのように。
「もう…見てないわね」
美香はそう呟くと、泰三の膝に手を置いた。
指先が、彼の太ももをなぞるように動く。
「ねえ、今夜は…特別にしてくれる?すごくヤリたいの」
泰三は戸惑いながらも、美香の目を見た。
その瞳には、酔いの光だけでなく、何か切実なものが
宿っていた。孤独か、焦がれるような承認欲求か。
あるいは、母であることを一瞬だけ忘れたいという願いか。
「美香…ほんとにいいの?」
「いいの。だって、もう…誰にも見られてないもの」
その言葉に、泰三は静かに頷いた。
彼の手が、美香の肩に触れる。
寝室の扉が閉まり、空気が変わる。
布団の軋む音、囁き、笑い声。
そして、時折漏れる美香の声が、壁を越えて大樹の耳に届く。
「もっと…そこ、気持ちいい…チンポほしい」
「静かに、聞こえるかもしれない」
「いいのよ…聞こえても、もう…止まらない、強く、チンポで突いてぇ~」
その声は、まるで谷間に響く風のようだった。
柔らかく、しかし確かに届く。
美香…っ…」
「もっと…もっと…あぅん、あぅん、あぁぁ・・・」
声は高まり、やがて沈黙に変わる。、
大樹はベッドに横たわりながら、目を閉じた。
耳を塞いでも、音は心の奥に染み込んでくる。
彼は思い出す。
幼い頃、母が髪を撫でてくれた夜のこと。
あの手が、今は誰かに触れられている。
その事実が、彼の胸に黒い森のような影を落とす。
つづく
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