第五章:家族旅行(3) 風の中の声
林道を抜けると、別荘の裏手が見えた。
大樹はペダルを緩め、息を整えながら前を見た。
風が頬を撫で、木々の間から陽光が差し込む。
別荘の前で自転車を降りる。
タイヤが草を踏む音が、静かな空気に吸い込まれていく。
玄関は閉まっていたが、窓の向こうからかすかな声が漏れていた。
「うう~ん、あっ、いい」
それは母の声だった。
けれど、彼の知る声とは違っていた。
苦しげで、甘く、息を含んだような響き。
大樹は足を止めた。
胸の奥がざわつき、何かが軋んだ。
彼はそっと別荘の横手へ回り込む。
カーテンが風にめくれ、室内がちらりと見えた。
キッチンの白いタイルが陽に照らされ、そこに母の
姿があった。
テニスウェア姿の美香の背後で泰三が激しく腰を
振っている姿が見えた。
冷蔵庫の前に立つ二人の影が、床に落ちて揺れていた。
ピンクのポロシャツがめくられ、スコートの裾が乱れ、
下半身が露わになっていた。
光が二人の肌を照らし、衣擦れの音が風に混じって
聞こえた気がした。
美香の口元がわずかに開き、声が漏れていた。
母に重なる義父の腰の動きに合わせて、その声は
徐々に大きくなった。
それは、母でも妻でもない、美香という一人の
女性の声だった。
大樹は目を逸らした。
彼は静かにその場を離れた。
ペダルを踏み直し、音もなく林道へと戻っていく
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