俺と姉貴が男女の関係になって数日後、現場から真っ黒に日焼けした親父が帰ってきた。季節は初夏。早盆に合わせての事だ。
俺達は、母さんの墓参りをし、その晩は外食をした。親父は日頃の疲れと酒が相俟って、帰宅して20時を過ぎる頃には早々に床に付き、閉じたドアの向こうから地鳴りの様な大いびきを響かせている。
俺と姉貴は順番に風呂を済ませ、23時を待たずに、2階の自室へと戻る。俺がベッドに横になってスマホを弄っていると、コンコンと部屋をノックしてパジャマ姿の姉貴が入ってきた。
「うん?どうした?」
「んー…別に…来ちゃ悪いの?」
姉貴は強気な物言いとは裏腹に、表情に寂しさと不安定さを滲ませている。母さんが死んだ日、まだ幼すぎて記憶が無い俺とは違い、姉貴にははっきりした記憶があるのだろう。
俺は、姉貴を苛む、その筆舌に尽くしがたい記憶に寄り添えない事をもどかしく感じながらも、せめて話し相手になろうと考えたが、姉貴は俺の勉強椅子に腰を下ろして俯いたまま言葉を詰まらせている。
いつ取り付けたかも覚えていない、窓の外にぶら下げた風鈴がチリンチリンと涼やかな音を立てている。
俺は姉貴に掛ける言葉を探したが何を言っても安っぽくなる気がした。
「あのさ…俺、高校は◯◯工業に行こうと思うんだよね…」俺は俺の話を始める。
「へえ…そうなんだ…」
姉貴の表情が僅かに解れ口を開く。
「◯◯工業で建築やろうと思ってさ」
「父さんと同じ仕事?」
「うーん…そこまでは解んないけど…」
「そっか…」
「あのさ…」
俺は神妙な面持ちで続ける。
「ん?」
「俺は、姉貴を一人にはしないから」
「あはは。馬鹿。生意気なんだよ。面倒みてやってるのはアタシだっつーの!」
姉貴の表情から不安が消え、姉貴から笑顔が漏れる。それが俺には嬉しかった。
「姉貴…。俺、姉貴の事、好きだよ」
俺の言葉に姉貴はふふんと鼻で笑う。
「ありがと。カズ」
姉貴はそう言うと椅子から立ち上がり、自分の部屋へと帰って行った。
静寂が戻った部屋。窓の外では再び風が吹き、風鈴が涼やかな音を立てる。
俺は、ベッドに横になって、スマホを弄る振りをしながら姉貴の事を考えていた。
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