高田裕介は家に着くと自室で撮影した画像をPCで確認していた。咲き誇る花々と妻、妊娠6か月の妻は幸せそうな笑顔を浮かべている。そして、偶然目にした恋人のような母子、貴教と美佐子。ズームで撮影した二人の笑顔を拡大する。その画像を写真サイズにプリントアウトして裕介は財布にしまった。いつも肌身離さず持ち歩いている、息子と妻が対面座位でつながり、激しく口唇を重ねているシーンをプリントアウトした画像の次にお気に入りの写真となった。
タクシーで現場近くにたどり着いた高田裕介は立ち入り禁止のテープの前の警官に声をかけた
「埼玉県警の中山婦警さんに呼ばれて来た、高田裕介と申します」
「ご苦労様です」警官は裕介はテープの中に入れてくれた。中で待ち受けている私服の刑事が手帳を見せた
「県警一課の結城です、こちらは友田刑事」年配の刑事は隣の若い女性刑事を紹介した
「高田裕介です」
「それでは高田さん、かなり悲惨な現場です。気を確かに持って確認をお願いします」
「はい」裕介は結城刑事に続いて中野家の玄関に入る。
「これを」シューズカバーを友田刑事が差し出し、革靴の下に装着し、廊下に踏み入った。すでに物凄い臭気が裕介の鼻腔に届いていた。
「かなり血液が飛び散っていますので、足元に気を付けてください」結城刑事が振り返った。血の匂いなのか…裕介は覚悟した。結城刑事が鑑識課員に合図を送って廊下の奥にある部屋に向かった。刑事のあとに続いて部屋に入った裕介が見たのはまさに血塗られた惨劇だった…
「ベッドの上に二人の遺体が重なっています」鑑識課員によってビニールシートが上げられ、ベッドの上で重なっている二人の上半身が裕介の目に飛び込んできた。
「うっ、うう~」嗚咽する裕介の背中をさする友田刑事
「中野美佐子さんと貴教さんですか」結城刑事のいたわるような声に裕介はかろうじてうなづいた
「ありがとうございます」友田刑事が部屋の外へと裕介を導いた
「うわー」廊下に出た瞬間裕介は膝を落とし亡き叫んだ。「なぜなんだ、あの幸せそうで、仲睦まじくて、愛し合っていた二人がなぜこんなことにー」裕介は心の中で叫んでいた。3か月前公園で恋人のように楽しそうにデートしていた二人が、ベッドの上で裸で口付けをしながら血だらけになって冷たくなっているのか…
少し落ち着いた裕介に結城刑事が質問をした
「二人の生前の写真などをお持ちの方はいませんか?」
「私が持っています」財布から二人の笑顔の写真を取り出す裕介
「3か月前、私が妻と公園を散歩していると遠くで仲の良い恋人のようなカップルがいて、望遠で撮影してみると偶然、美佐子さんと貴教君だったんです。私は妻にこの写真を見せて幸せそうだねと言って元気を分けてもらおうといつも持ち歩いていました。私は妻と息子を早くに無くしています。今の妻は後妻で亡くなった美佐子さんの妹です」裕介の言葉は感情が伴っていなかった。
「そうですか、ほんとうにお気の毒です、しかし事件性もありますのでもう少し聞かせてください。二人を悪く思っている人はいましたか?どんなささいなことでもけっこうです」
「息子小さい時におたふくかぜになり、それがうつって私は子供ができない身体になりました」
「たしか、後妻になられた奥様は現在妊娠しているとか、差し支えなければその辺話してもらえませんか」
「ええ、妻は今妊娠9か月です。私は自分が死んだあと妻の面倒を見てくれる子供が欲しかった。そして妻の合意のもと、貴教と関係を持たせたんです。妻のお腹の子は貴教の子です。私は彼に感謝しています。このことを話したのは捜査が進んでからではなく、今のうちに話しておいた方がいいと思いまして」
「ありがとうございます。ご事情はお察ししますし、そこまでお話しいただけるということは彼に対し殺意のようなものはなかったとしてよろしいかと思います」
「ありがとうございます。妻は妊娠9か月です。産婦人科に連れて行って入院手続きをしてから私から話そうと思っていますがいいですか」
「ええ、それが賢明だと思います」
「それでは、いったん帰って、入院の準備をしようと思います」
「はい、念のため友田刑事がご同行しますがよろしいですか」
「ええ、お願いします。私自身自分を保っていられるか不安なので」裕介は友田刑事に支えられながら立ち上がった
※元投稿はこちら >>