美佐子の誕生日、朝、貴教を送り出した後、部屋を覗いた。
「今日は水曜だから…、やっぱり」息子の部屋から精液の匂いがしないのを確認してキッチンに立った。誕生日は二人にとって一大イベントだった。気合を入れてケーキを作る。3月の貴教の誕生日はタルト系のケーキを焼いた。今日は生クリームとフルーツたっぷりのケーキを作ることにしていた。生クリームのケーキが大好きな息子は毎年必ず穴の頭にクリームをつけて写真を撮っていた。思い出し笑いをしながらケーキを作り始める美佐子。
今夜話したいことが3つあった。
「お説教しない?」先週の時点で貴教に警戒されているので、あまりくどくどと話すのはやめようと美佐子は思っていた。
1つ目は、美智子のことだった。今年に入って美智子は何かと理由をつけて美佐子と会おうとしなかった。相談したいことがあると言ってもスケジュールが合わないと断られた。確かに現在の彼女は妻であり、不動産会社の副社長で時間が無いのかもしれないと諦めていた。2週間前買い物の帰りに美智子の会社の近くまで行ってみた。会って挨拶くらいしたいと思ったのだ。昼時、自社ビルの1階に美智子の会社があり、その前を歩ていると中から女性社員が5、6人出てきた。手には財布を持ち、近くのコンビニに買い物に行くのだろう。最後に美智子の姿があった。様子が他の女子社員とは違っていた。
「副社長、足元気を付けてください」前の女子社員が振り返り言った
「ありがとう」そう答えた美智子はマタニティ服を身に着けていたのだ!美佐子は慌てて身を隠した。美智子は妊娠していた…、しかもお腹の大きさから6か月くらいか…、12月の貴教との旅行で…、まさかそんな、美佐子は足早に立ち去った。
仙台で何もなかったのか、確かめなければならない。
2つ目は夫とのことだ。貴教と美智子が仙台に旅立った日、美智子は成田で夫の巧と会った。事前に要件は知らされていた。
「久しぶりだね」巧は渋い声で言った。髪に白髪混じっているが、ハンサムなのは変わらない。
「ええ」
「すまない」ホテルのカフェレストランで巧は深々と頭を下げた
「やめて、周りの人が見てるから」
「そうだね、大人げなかった。申し訳ない」
「謝ってばかりじゃなくて、話を進めて」
「そうだね、僕はパリでお付き合いしている女性がいる。彼女はバツイチで娘がいる」
「そう、その女性のどこがよかったの、わたしと貴教を捨ててまで」美佐子は率直に聞いた。極力勘定を押し殺して
「彼女は小さな会社を経営している。自分の意見をはっきり持っていて、僕の絵を気にってくれている」巧は商社マンでありながら絵画の才能も持ち合わせていた。
「その人と一緒になったら仕事はどうするの」
「今の会社のパリ支社専属にしてもらい、絵も続けていくつもりだ」
「それだけですか…」
「すまん、子供ができた」
「…」
「今妊娠6か月だ」
「ひどい人」
「ほんとに何も言い訳できない。だから離婚を急ぐわけではないんだが」
「離婚するとしても、せめて貴教が高校に入学してからにしてください」
「そうだね、幸い向こうはあまり結婚にこだわらない風潮にあるから」
「今日は、これくらいにしてもらっていいですか、急にいろいろ言われてもわたしの中で消化しきれないので」
「ああ、わかった」
「最後に、赤ちゃんのことは娘さんは何て言ってるの?」
「娘は今16歳なんだが、喜んでる。お腹もだいぶ大きくなって、今は高校を休学している」
「休学しているって…?その子が妊娠しているわけじゃないんだし」口にして美佐子は、はっとなった
「妊娠しているのは娘な…」巧の言葉が終わらうちに美佐子は、目の前の男の頬を平手で思い切りひっぱたいていた。
3つ目は貴教への美佐子の切ない思いだった。
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