藤井くん。小学校の時から数えると、母とは4度同じクラスだった。背が高く、ずっとスポーツをしているが、あまり目だったヤツではない。
その彼が、その教室の扉を開いたのは、中学3年にもなって初めてのこと。扉が開いたままの教室は覗いたことはある。
そこから見えたのは、イスに座った生活指導の先生。そして、その対面で自習をしている生徒の姿だった。この部屋は、そういう特別なところなのだ。
ゆっくりと開かれていく扉。彼の頭には生活指導の先生の姿が浮かぶが、そこに先生の姿はなかった。
見てたのは、机にうつむきながら、一人自習をする女生徒の姿だった。僕の母親の正子、つまり彼の獲物です。
彼は二度三度、部屋を見渡した。しかし、正子が顔を上げることはなく、『正子、宿題してるんか?』と声を掛けてみる。
彼女が気がついたことで、彼は部屋に初めて足を踏み入れた。正子は慌ててノートを伏せ、自習をしていた教科書の上に被せてしまう。
その素早い行動には、さすがの彼も不信を感じてしまった。しかし、その理由はすぐにわかることになる。
僅かに見えた背表紙は、数学の教科書。それも、中学一年のものだった。同じ3年生のはずなのに、正子はその程度の能力しかなかったのだ。
彼が近くに立つと、教科書を押さえる正子の手にも更に力が入る。彼女なりに、見られたくはないのだ。
それでも彼はノートを取り上げる。そして、こう言うのだ。
『どこやってたの?教えてやるから…。』
彼は、特に数学が得意な訳でもない。ただ、正子のやっているのは中3ならば解けて当然の内容。彼にも教えられると思ったのだ。
正子は素直にノートと教科書を開く。やっていたのは教科書の半分辺りで、残念ながら彼女はみんなが半年で出来ることを3年かけてしまっていたのです。
彼は正子の対面に座り込んだ。ブスの正子といるところを見られれば、みんなから同類扱いをされるかもしれない。それでも彼には離れられない理由がある。
目の前に座るブスの大きな胸、それをなんとかするためには多少のリスクは仕方ないと諦めていたのです。
彼の説明は、残念ながらたいしたものではない。正子が理解できたのかも不明だ。そんな彼は、初めてこんなに間近で正子の顔を見ている。
『ほんと、ブスやなぁ~。』、何度見てもこの言葉しか出てこない。母はそれほど、ひどい顔を持っていたのだ。
30分が過ぎ、二人は勉強をやめていた。やはり子供同士、他愛もない会話をしてしまっている。その中で、彼はこんなことを聞いていた。
『正子、好きなヤツおる?お前の好きなの、誰や?』
幼稚な質問だった。しかし、彼にとって見れば、学年1のブスがどんなヤツが好きなのかは、逆に興味もあったのだ。
『藤井くん…。』
まさかの答えに、彼は慌てた。まさか、彼女の口から自分の名前が出てくるとは思ってもみなかったからだ。
『おれ?おれ?』、嬉しさよりも、彼女に好かれているという事実が彼を慌てさせた。学年1のブスが好きな男、その自分も同類のような感じがしたのです。
しかし次の一言に、彼は彼女の心の闇を知ることになるのです。
『藤井くん、あんまり私を虐めんから…。』
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