山下に別れを告げてから、2日後の夜。あんなことを言ってしまった私ですが、やはり未練はあります。愛した女性ですから。
いつも携帯を肌から離すこともなく持っているのは、やはり彼女からの連絡を待っているのでしょう。この年です、最後のチャンスかも知れません。
『ピンポーン!』と私の家のチャイムが鳴ったのは、午後9時過ぎのことです。『山下っ?』と、咄嗟にそう確信をします。
『どなたぁ~?』と声を掛けると、『私…。』と彼女の声がします。扉を開くと、そこには彼女が立っていて、顔はうつ向いています。
『どうしたぁ~?』と聞くと、『これぇ~…。』と言って差し出したのは、あの小学校の卒業アルバムでした。
『なに~?』と聞くと、『タック、これ無くしたとか言ってたから…。一緒に見ようと思って…。』と言うのです。
子供騙しのような手でした。言い訳が出来ず、連絡をする術がない彼女は、こんな子供騙しのような手を用意して、私のところにやって来たのです。
『上がれや。』と言って、彼女を居間へと迎えいれます。彼女は『一緒に見よう。』と言っていたアルバムをテーブルにおき、うつ向いていました。
『ほら、飲め。』と熱いお茶を出し、『典子ぉ~?』と言って、話を始めるのです。
『あのなぁ~?悪いことしたと思うなら、まず謝れ。それでどうしたいのか、ちゃんと言え。』
『ごめんなさい…。』
『それで~?』
『お父さんのことは…、』
『もおええわぁ~。あのおっさんの話は~。俺とどうしたい?別れたいんか?』
『別れとない…。』
『なら、ちゃんと言え。聞くから。』
『…。』
おっさんとの言い訳は考えて来ていたようだが、二人のことまでは考えていなかった彼女は、言葉に詰まります。そして、
『なら、先に言うとくわ~。俺、お前さえよければ結婚したい。俺、お前が好きやから、お前と結婚したい。』
『いいの~?』
『やから、お前もちゃんと言え。なに言っても怒らんから…。』
『タックが好き…。お嫁さんにして欲しい…。タックのお嫁さんになりたい…。』
53歳のおばさんが泣きながら、『お嫁さんになりたい…。』などと言っていました。よくもまあ、恥ずかしげもなく、そんなセリフが言えたものです。
年甲斐もなく若い男とセックスを繰り返し、老人相手に売春をするようなアバズレ女。そんな女に声を掛けるとしたら、こんな言葉しかありませんでした。
『僕のお嫁さんになってください…。』
山下が『一緒に見よう。』と持って来た卒業アルバム。残念ながら、彼女の家の本棚に返されることはありませんでした。
それは、彼女と一緒にこの家にお嫁に来てしまったからです…。
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