『岩口~?』、きっと普通なら反応しない名前です。しかし、私はあの日、彼女の携帯に写し出される画面を見たのです。
『岩口さん』、確かにそう書かれていました。なので、すぐにそれが思い出せたのです。残念ですが、私は山下に一つの疑問を持ってしまいました。
一度扉に手を掛けましたが、カギが掛けられていて、すぐに逃げるように立ち去るのでした。
そして…。
その日は、彼女の誕生日の8日前。つまり、あと8日経てば、私と山下は晴れて夫婦となるのです。そんな日でした。
あの日から、山下の家を訪れる時は、必ず岩口と名乗る方の家を見る習慣がついていました。なので、この日も同じ光景です。
しかし違ったのは、その家の前に彼女の車が乗り付けてあるという事実でした。私は車のライトを消し、彼女の車の後ろに停車をします。
外からこの家を見ると、カーテン越しですが、一部屋だけ電気がついています。私は玄関の扉に手を掛けると、カギが締まっています。
『アイツは来客のはずなのに、カギが…。』、私は彼女の浮気を確信したのです。
玄関の音に気がついた中の住人が現れ、ドア越しに『どちら様ですか~?』と声を掛けます。涙が出ました。その声は紛れもなく、彼女なのです。
私は無言でした。彼女の行動を見ていたのです。『ごめんなさい~?どちら様ぁ~?』と彼女がまた声を掛けました。
そして、ついにその扉のカギを開け始めたのです。自分の家なら絶対に開けるはずもないでしょう。
しかし、ここは他人の家。開けざるを得なかったのです。
ゆっくりと、恐る恐る扉が開き始めました。そこから顔を覗かせたのは、紛れもなく山下でした。
『タック~!どうしたのよ~!?』、予想もしていなかった彼女は動きが停まりました。私が扉に手を掛けた時、ようやく事態に気がつきます。
『タック~!入らんとってぇ~!ここ、入ったらいかんってぇ~!』と慌てて抵抗をしますが、その扉は開かれるのでした。
『典子ぉ~?男、おるんかぁ~?』と聞きますが、『誰もおらんってぇ~!帰ってよぉ~!』と私にしがみつきます。
もちろん、そんなことなど信用もしません。私は靴を脱ぎ、明かりのついた部屋へと向かいました。
茫然でした。汚ない部屋に、テレビだけがついていました。床には全裸の老人が横になっていて、何も言わず私の顔を眺めるように見ています。
男性の股間は萎れたのか、装着されていたコンドームが外れ掛かっています。回りにはティッシュの箱が、ソファーには彼女の下着が脱ぎ捨てられていました。
玄関からは、すすり泣く女性の声がしています。山下が泣いているのでしょう。
『典子ぉ~!ちょっと来いっ!』と声を掛けましたが、もちろん来るはずもありません。
男性は起き上がると、脱いでいた服を手に持って、奥へと消えていきました。
玄関から足を滑らせながら、ようやく彼女が現れます。『タック~。ごめんなさいぃ~。ごめんなさいぃ~。』と涙を流しながら、私に許しをこうのです。
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