『ただいま』
「おかえりなさい、早かったわね」
『うん、ごめんね、、まだ夕方じゃないのに帰って来ちゃった。お客さんは?』
「うん、、ついさっき帰ったわ」
『その人って、体が大きいオジサン?』
「えっ、、?」
『さっき、そこの曲がり角ですれ違ったから、もしかしてと思って』
「そう、、どうかしらね」
玲子はYESともNOとも言わずはぐらかした。わざとらしく鼻歌まじりに冷蔵庫を開け、夕飯の支度をし始める。智樹はそんな母を訝しみながらも部屋着に着替えるために自室に向かった。
母の寝室のドアが少し開いている。普段なら気にも留めない智樹であったが、そのときはなぜか引き寄せられるように寝室へと足が動いた。
ベッドのヘッドボードにくしゃくしゃの1万円札が1枚置いてあった。いつもは綺麗にしてあるはずの掛け布団が乱れている。それに僅かながら獣が発したような独特の匂いが残っている。
智樹は違和感を感じた。
自室でその違和感について考えていたが、すぐに母に呼ばれた。
夕飯の支度が済んだようだ。
智樹は食卓に着く。
ダイニングテーブルに向かい合って座る智樹と玲子。父親は智樹が小学生の頃に事故で死んだ。一人っ子の智樹はそれ以来母と2人で暮らしている。
智樹は最近疑問に思いはじめたことがある。それは母が無職であるということだった。一家の大黒柱である父親が死んで家計は苦しいはず。なのに玲子はパートすらしていない。仕事の客が来るということは、家で内職でもしているのだろうか。
智樹はそんなことを考えながら食卓に並んだ肉汁溢れるハンバーグを箸でつついていた。
続く
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