12時近くになりました。
典子さんが、『ママ~?』と声を掛けると、ママさんは頷きました。二人の様子から、典子さんは今日は早仕舞いのようです。
僕は先にお店から出され、典子さんが出てくるのを待ちます。すぐに店の扉が開き、衣装の上から一枚羽織っただけの彼女が現れます。
『いこ~!帰ろう~!』と腕を取られ、真っ暗な商店街を二人で歩き始めます。
駅とは反対方向なので、タクシーではないようです。商店街を奥深くまで進んで行くので、更に薄暗くなります。
横道に入りました。外灯もなく、真っ暗です。『家、こっち~?』と聞くと、『そうよ~。その奥。』と言われ、驚きます。
僕の知っている典子さんの家は、となり町だったからです。『家、こっち~?』ともう一度聞くと、『引っ越ししてるの。』とわが家族も知らない情報です。
『サブぅ~。』と典子さんが呟きます。まだ夏なのにそう言う彼女に、『寒い?寒いな~?』と突っ込んでみます。
『ヒデがあんなことしたから、パンツ脱いだの!』と言われました。『サブぅ~。』は、それを言いたかっただけのようです。
返す言葉もなく、『フゥ…』と笑うと、『ほんと男はマンちゃん、好きやなぁ~。』と呆れていました。
商店街の外れ、二階建ての一軒家に着きました。ここが典子さんの家のようです。玄関が開き、彼女が先に入ります。
僕は外で待ちました。旦那さんの存在を知っていたからです。ところが、『早く入っておいでよ~。』と声が掛かりました。
僕は、蚊の鳴くような声で『おじゃましまぁ~。』と言って、部屋に上がり込みます。
『典子さん、一人?』と聞くと、『そうよ。』と返されました。『旦那さんは?』と聞くと、『もう何年も前に別れたわぁ~。』と聞かされました。
うちに伝わっている情報は、かなり古いようです。
僕には、もうひとつの疑問がありました。あまりにも僕に情報が入らなかったため、典子さんのことを何も知らないのです。
『子供は?』と聞きました。ぼくにとっては、他人の関係です。『優子はお嫁に行って、となりの県。』と聞かされます。
まだ見ぬ典子さんの子供は、『優子』という名前のようです。
典子さんが一度、部屋を出ました。僕が来たのは、母とのいきさつを聞くためです。その時間が迫っているのを感じ、緊張が高まって来ます。
典子さんが戻ってきました。下はホステスのスカートを履いていますが、上服を脱ぎ、黒のタンクトップ姿で現れます。
一瞬、『えっ?』と思いました。そこには、58歳のおばさんがいたからです。よくよく考えれば、明るい場所で典子さんを見るのは初めてです。
夜、それも暗いお店の中でしか見てなかったので、蛍光灯の灯りの下で見る彼女は化粧をしていても、それなりに年を重ねた普通のおばさんだったのです。
『そしたら、話そうか~。』と始まったこの話。僕の予想を越えた内容でした。
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