店員「いらっしゃいませ」
「どうぞ!奥の方へ!」
落ち着いた口調と丁寧な接客に好感を抱いた彼は、ボーイに促されて豪華な待合室へと進んで行く。
彼が過去に潜り込んだ事のある店の中には、やたらと体育会系のノリだけが目立つ雑なサービスの店も有った。
だがここは違う様である。
金額的に高級店の範疇に納まるこの店は、その提供するサービスも充分に期待出来るレベルであった。
英樹「あの・・指名の予約が有るんですが・・」
店員「失礼ですが、お名前は?」
英樹「あ、あの・・」
彼は今更ながら、慌てて本名を名乗って仕舞った自分に後悔する。
英樹「澤村といいます」
「えっと・・さんずいに難しく書く方の・・」
彼が舞い上がって要らない事まで喋ろうとすると、ボーイが優しく笑って事を収めてくれる。
店員「はい、澤村様ですね?」
「只今、準備の最中でございます」
「今暫く、お待ちください」
ボーイはそう言って一旦奥に消えると、高級そうなカップに入った飲み物を持って再び現れた。
彼は喉が頻りと乾くのか、そのカップに入ったお茶をゴクゴクと飲み干して行く。
そして喉の渇きが癒えた彼はひと段落付いて、店の雰囲気をしっかりと味わえる様になった。
英樹「へえ~?・・結構綺麗な処じゃん?」
「お店の人の対応も良いしね!」
そんなご満悦な表情を浮かべる彼の耳に、現実の鋭い言葉が響き渡る。
店員「澤村様!準備が整いました」
「あちらに控えて居るのが”カオリ“さんです!」
彼に対してボーイが手を差し出す先には、写真に在った白いドレスとは全く違うワンショルダーの真っ赤な細身のドレスを纏い、極細い同色のミュールを履いた女性が存在していた。
カオリ「ようこそいらっしゃいませ!」
「カオリと申します!」
床に正座して深々と頭を下げ、三つ指を付いて彼を迎える女性の声は、確かに聞き覚えの有る身近な人の声であった。
英樹「よっ、よろしくお願いします!!」
サワムラと云う苗字と聞き覚えの有る声のセットに、彼女の心は一瞬戸惑いを見せる。
カオリ(あれっ?・・この声って?)
そして、おずおずとその頭を上げると、そこには愛すべき息子の姿があった。
カオリ「・・サワ、ムラ・・様?・・・」
(そんな?なんで?・・・そんなばかな事って?!!)
瞬間、彼女の表情は凍り付き、その時間すらも同じくして止まって仕舞う。
英樹「あっ!!・・あの?」
その強く固まった彼女の顔を見て、彼の時間も瞬時に停止する。
そして己の下した簡単な考えと判断で、ここ迄来てしまった自分自身を嘆き始める。
だが彼女の気持ちの切り替えと対応は素早かった。
自らの視線を左右に振り分けて、ボーイや周囲の人間の表情を軽く読み取って仕舞うと、自分自身の気持ちを落ち着かせて彼への対応を始めて行く。
カオリ「ではお客様?・・こちらへどうぞ!」
「ご案内いたします」
英樹「え?、あっ、はい!・・」
「分かりました!!(大汗)」
そんな彼女は息子の”分かりました“の声を聞いて、今朝の出来事を思い出す。
カオリ「くすっ(笑)」
英樹「なっ、何? お母さっ・・あっ?!!」
カオリ「こちらでございます!」
彼女は彼の激しい戸惑いを物ともせずに、いつもの接客を淡々とこなし続ける。
そして二人はエレベーターの中へと吸い込まれ、ゆっくりとその扉が閉まって行く。
英樹「あ、あのっ・・お母さん?!!」
狭い個室で二人きりになった母と息子は、互いの見開いた瞳で見つめ合う。
カオリ「お客様ぁ?・・」
「お客様は、こう云う処、初めてですかぁ?」
英樹「あぁ~!いや、2,3回目かな?(頭ポリポリ)・・って!!」
「何言ってんの?!!」
「俺!! 俺だって!!」
カオリ「お客様は随分と若くお見受けいたしますがぁ~?」
「お幾つ?・・かしら?」
英樹「息子の歳を忘れちゃったの?!!」
カオリ「あいにく、私に息子はおりませんので!」
「でもホントにお若く見えますわぁ~!」
「まるで高〇生、みたいな?」
彼女はキツ~い皮肉を込めながらも、飽くまで他人を装っている。
するとエレベーターは目指す3階に止まった。
カオリ「ど~ぞ~!・・こちらの部屋になります」
彼が通された部屋は、煌びやかな装飾が施されて綺麗に手入れが行き届いている洒落た個室であった。
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