第16話
明日香は黙ったまま泣き続け、長い時間が経ったのち、ゆっくりと立ち上がった
「お風呂入るね」
「あ、あぁ」
バッグから、おそらく下着が入ってるであろう袋を出し、以前置いていったパジャマとともに脇に抱え浴室に入っていった
俺はタバコを持ってベランダに出た
微かにふく風が煙を流し、暗闇に白く浮かんでいる
その中に涙を流す明日香を思い浮かべながら、虚ろに夜の街を眺めた
本人に何の瑕疵もなく、ただ生まれ持っただけなのに、周りから疎まれるという理不尽さ
強く生きようと頑張っても、誰も気に留めず、それどころか敵意を向ける現実
学校の中のことなど俺には分からないが、ほんの少しの言葉にさえ、あれだけ反応するということは、胸に溜まったものがあったのだろう
家に帰っても、姉が心配しないよう、平静を装っているのかもしれない
誰かにすがりつきたかったのか、俺の前で泣き続けた明日香
瞼を真っ赤に腫らし、目はその存在がなくなるまで薄くなり、涙とともに出た鼻水は、飛び出た歯に流れていた
小刻みに身体を震わすたびに、薄皮しかない肩の骨が俺の腕を押し、痛みを感じさせる
スカートの下から生えた真っ白な脚は、理科室の標本のように赤と青の血管を浮き立たせている
「・・何でだよ、俺は・・何でだよ・・」
物凄い熱量を感じ、目を落とした先にある溢れんばかりの膨らみに心から愕然とした
カラカラと浴室の戸を引く音が聞こえた後、少し経つとドライヤーの音が響いてきた
俺は一度深呼吸をし、頭と身体を落ち着かせてから部屋に戻った
カチャっという音とともに、少し小さくなった薄いピンク色のパジャマを来た明日香が出て来たので、俺もシャワー浴びてくると告げる
すれ違う際、長い黒髪からシャンプーだけとは思えない甘い匂いが漂った
くそっ、何でだ
温度を下げたシャワーを浴び、熱くなった身体を冷やしたが、頭の中は明日香の貧弱な身体と歪んだ顔が離れなかった
「長かったね」
「あ、あぁ、長くシャワー浴びるのが好きなんだ」
慌てるように言い訳をする
明日香は少し間を開け、ふーんと言い、窓のほうを向いて黙り込む
「もう・・寝るか?」
「・・うん」
今になって気づいたが、2年前に明日香がここに来たときは、一つしかないベッドに並んで寝ていた
当然今もベッドは一つだけ
あの時はまだ小学生だったが、今はもう中学生
体つきはどうであれ、頭の中は大人に近づいている
「あ、あのよう、俺こっちで寝るから、明日香はそっち使えよ」と寝室を指す
「・・う、うん・・あ、でも、ソファだとあきちゃん体痛くなるよ」
「あ、いや、大丈夫・・明日香が体痛めるほうが・・ダメだろ」
少し沈黙した後、「じゃあ、前みたいに一緒に寝ればいいんじゃ・・ない?」と真っ直ぐ俺を見つめた
「あ、えっ?、あ、あぁ・・」
それはダメだろ、という言葉は頭の中に浮かんでいるのに、断りきれない強さを秘めた瞳だった
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