「ダメ…ここでは」
と言ってから数日が過ぎて母が
「行きたい所があるから、付き合って」
と言ってきた。
隣で母は楽しそうに運転している、小躍りするように、時々 微笑を浮かべながら。
そんな母の横顔をじっと見ていた。
「私の顔に何かついてるのかしら?」
嬉しそうに言う。
「私ね、神社巡りとか好きで昔はよく行ってたの。すごぉ~く、落ち着くのよ」
ダッシュボードの上に置いてあった雑誌をひろげると、折り目がついてあるページが サッと開いた。
「そこ、私のお気に入りの場所なの。誰にも教えたくないんだけどなぁ…♪」
雑誌の半ページにもわたって紹介されてある神社の写真を見ながら、備え付けのホルダーから缶を取り、ふたを開けて一口飲んだ。
「……にがぁ」
「それ!私の!フフッ♪貴史のはコッチ」
母の指差す 運転席側の缶を取り、カフェオレを飲んだ。
雑誌を見ながら考える。
母はいつも自分のことを「お母さんは…」「お母さんね…」 と言う。
今日は朝からずっと
『私』
と言っている
どうしてなんだろう?
いくつかのインターを過ぎて高速を降りた。
その時、母は一瞬、チラリと、少しだけどこかに視線を送っていたが、すぐに前を向き また楽しそうに運転をする。
二ヶ所 有名な神社に行き、最後に母のお気に入りの場所に行った。
すごく落ち着く場所で、凛とした空気が流れ、外のざわつきは いつしか消えて、無の中で自分が無になっていく そんな気がした。
建物の中の一室 畳の上 正座を崩した姿勢で、背筋を伸ばし 母はじっと庭園を見つめている。
庭園を見つめながら遠くを見ている そんな眼差しで。
母がこちらを見て、ニッコリしてから
「行こっか?」
と立ち上がった。
とても涼やかな顔をしながら
インターが近づいてきた。
楽しい時間が終わる 和やかな時間が 凛とした空気が お気に入りの場所が…母の口から出る『私』という言葉が…
このまま真っ直ぐに進み高速に乗って
今日が終わる…
車はインターの手前で曲がり、入り口と違う場所へと向かう。
母がチラリと見た場所の方へ。
建物の中で車を停め、しばらく沈黙したのち母が
「…行こっか」
と母が降りて 中に入る
ラブホテルの部屋の中に…
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