あったあそこ!白い家。あの豪邸だわ。
母が、甲高い声で叫んだ。指差した家の表札は確かに○○とある。
チャイムを鳴らすと。しゃしゃきと出てきた奥さん。案内されて、和室に通される。上座には、既にロマンスグレーの眼鏡をかけた中年男性がニコヤかに笑みを浮かべている。この人が○○さんかあ。いかにも、都市銀行の役員という雰囲気だなと思った。
それに。良く見ると奥さんも凄く上品な美人。ご夫婦ともに、東京山の手の格上ファミリーという感じだ。うちの地味な親父、こんな人達と親密な付き合いがあったなんて。ビックリしてしまう!
そうこうしていると、母が早速丁寧に三指をついた。深々と頭を下げながら。
本日は、お忙しい中、○○様の貴重なお時間を頂きまして、誠に有難うございます。お初にお目にかかりますので、自己紹介させて頂きますが、○○の妻(さい)の玖美子と申します。こちらは、息子の寛司(ひろし)でございます。
この度は、○○様のひとかたならぬお力添えをいただきましたことに、心からの感謝を申し上げる次第でございます。
今後ともご支援の程何卒宜しくお願いいたします。
母は、挨拶を終えると、一歩後退りしながら、私に目配せをした。
私はというと。心臓が、早鐘のように鳴った。母さんウマ過ぎ!初めて見る母の挨拶の技に驚いてしまう。
私が、気後れしていると。再度、母が促した。身体が震えて来たが、気を取り直して、母の挨拶を下書きにして真似た。出たとこ勝負だと覚悟すると、度胸が座る。
ただ今、母より紹介ありました息子の寛司でございます。父の大先輩にあたる○○様には、父が、日頃より大変お世話になっており、誠に有難うございます。
又、今回は、○○様のお口添えにより、私が○○会社に無事入社することが出来ましたこと深く感謝申し上げます。
今後は、精一杯仕事に励む所存でございますので、引き続きご指導ご鞭撻の程、何卒宜しくお願いいたします。
自分でもビックリする位美辞麗句がスラスラと出てきて驚いてしまった。俺って意外とビジネスの才能があるのかも。一気に自信がみなぎって来た。明日の入社式も楽勝かも。
このような場を設定してくれた父と母に感謝だ。特に、予想すらしなかった母の流れるような挨拶のお手本に、感謝だ!
頭の中で、咄嗟にそんな事を考えていた。
二人のきちんとした挨拶に○○さんも口には、出さなかったが、しきりに、感心したように頷いていたのが印象的だ。
さあさあ、脚を崩して気楽にしてください。
その後のご夫妻のスマートなもてなしに、二人ともリラックスしてしまい、まだまだ居たい気持ちにさせられた。
だが、相模原の叔父さん宅には、三時間も居てしまった昨日の記憶が甦る。そのせいか、母が一時間程度で、旨い具合に切り上げてくれた。7月には、又母同行でご挨拶に来なければならないので、最初から長尻だと嫌われてしまう。
玄関迄ご主人が。門のところ迄、奥さんが見送ってくれた。チラッと見ると、玄関横の駐車場には、ピカピカに磨きあげられたBMWと小型のフォルクスワーゲンが止められていた。
母と同年代の奥さんは、岡江久美子を若くしたような美人だし、次の訪問が楽しみになった。
帰りの道すがら、一気に緊張が溶けたのか、母が私の手を握りしめ、身体を寄せて来た。
貴方の就職がかかってただけに、緊張したなヤッパリ。でも私の仕事は、これでおしまい。後は、明日から貴方に頑張ってもらわないと。
母が、又ぐっと私の手を握りしめた。私も、つられて母の肩を引き寄せた。
嬉しそうに母。
母さんビックリしちゃったわよ。貴方の挨拶堂々としてたわよ。見直したわ。
いやいや。母さんこそ。母さんの真似しただけ。上流階級の人みたいだった。
お互い、上々の首尾に満足軽口を叩きながら調布駅に向かう。
でも母さん面白くなかったことがある。寛司ったら。あの美人の奥さんばっかり見てなかった?。
母が、頬っぺたを膨らましながら、私に、恨みがましい視線を送った。正に、青天の霹靂だ。
母さん勘弁して。突然何を言い出すの。俺は、女は、母さん一筋なんだから!
突然の母の嫉妬めいた攻撃にさらされて、私は、悲鳴あげながら本心をさらしてしまった。母に道ならぬ劣情を抱いていることを思わずもらしてしまった。
人間、男も女も、極度の緊張が溶けたことを共有すると、性的欲情が高まるのではないだろううか?母と息子といえ、所詮男と女に過ぎない。早く、身体を締め付けるタイトスカートや淫らな○○○を隠すピンクのパンティを脱いで、自由になりたいのだろう。
そう有難う。貴方が、女は母さん一筋って言ってくれたから、来た甲斐があった。嬉しい!
駅前で、深刻そうに話す男女に、通りすがりの人が、何事かと怪訝そうに見ていくのを感じた。
それにしても、母さん歩き疲れたわあ。どっか休めるとこないのかしら?朝からずっとだもの。
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