京介が何事にもあまり動じることがないのは、最初から答えを持っているからだ。
答えが決まっているのだから、怖がることはない。
しかし、八重の中に宿った命が二つあるのは、さすがの京介にも誤算のようだった。
だが、やはり動じることのない彼は、きっぱりと言い切った。
「たくましく育てなきゃね。俺の子供なら、こんなことで駄目になったりしないさ。それに、駄目になったらなったで、その時はまた新しい赤ちゃんを作ればいいだけのことさ。」
人間として最低なことを冗談めかして言っているのが、八重には少しだけ恐ろしかった。
だが、それを怒るつもりにもなれなかった。
八重にしたところで同類である。
京介の子供が産みたいばかりに、彼のシナリオに乗ろうとしている。
自宅近くにある河川敷に来ていた。
ふたりは、1キロほど手前にある橋の袂で車を降りて、ここまで歩いてやって来た。
長い突堤は、頂部が遊歩道になっていて、昼間は散歩やジョギングをする人たちでそこそこ賑わったりするが、外灯のひとつもない河原は、夜になるとまったく様相を変えて、暗い河の流れしか聞こえない不気味な暗黒地帯へと変貌する。
夜中にこんな所へやってくるのは、よほどの変わり者か変質者くらいで、その変質者がここ数年、度々女の子に悪さをして問題になっているのを京介は覚えていた。
現に今も巡回のパトカーが赤色灯を回しながら、通り過ぎていったばかりである。
二人は葦の密生した藪の中に身を潜めていた。
「やっぱり、怖いよ・・・」
八重は、河川敷を吹き抜ける強めの風に長い髪を巻かれながら、今にも泣きそうな顔をしていた。
「あきらめなよ母さん。そんなに痛くしないからさ」
対して京介は、口元に笑みまで浮かべて、いかにも楽しそうである。
ここ数年の間に、この河川敷で犠牲になった女の子の数はすでに10人を超え、死亡者こそ出していないものの、その手ひどいやり口は、誰一人として被害届が出せないほどに悲惨なものであった。
強姦は親告罪であるから、被害者からの訴えがないと警察は捜査に乗り出せない。
しかし、だからといって放置してしまうほど日本の警察は甘くはない。
昼夜のパトロールを強化して、この地域は特別警戒区域にも指定されている。
それほどに、夜間のこの辺一帯は危険地帯なのである。
この事件を利用しようと思いたったのは、京介の父、京太郎がこの案件に個人として取り組んでいる警察官の一人だったからである。
京介は、酔った父によく話しを聞かされていたから、どのような事件が起きていたのか知っていた。
そして、八重と関係を持ってからは、いつか利用してやろうと企んでいた。
八重が強姦されて子供を身籠もってしまえば、それは犯人の種であり、京介に疑いは向けられない。
八重は強姦のショックで精神に異常を来し、その犯人の子を堕ろすことを拒んで産んでしまう。
それが、京介の考えたシナリオである。
犯人の手口は巧妙で、ここ数年捕まっていないことからも、相当な知能犯であると推測できた。
捕まることがないのだから、ならば、犯人の強姦者リストに八重の名前が加わったところでなんの問題もない。
もっとも、八重の強姦が公になることはないことも京介は知っていた。
父が、ひた隠しに隠そうとすることは明白だったからだ。
警察官は、近親者に対する事件に対しては、組織一体となって立ち向かう傾向が強い。
いつ、明日は我が身になるかわからないからだ。
だから自分の家族を守るために同僚たちの家族も懸命に守る。
しかし、それは強盗や傷害、殺人などの重犯に対してだけであり、性犯に対しては、少なからず及び腰になる。
特に強姦などは重犯であっても親告罪になることから、どのような状況で、どのようなことをされたのか同僚たちに赤裸々に話さなければならないことになり、それを嫌って泣き寝入りする場合が多い。
この河川敷で犠牲になった女の子には、父、京太郎の同僚の娘もいた。
彼女は繰り返し暴行された挙げ句、二度と妊娠できない身体にされ、未だに精神に異常を来して病院から出られないでいる。
にも関わらず、彼女の事件は起訴されていないし、捜査もされていない。
彼女自身のみならず、父親も告訴しなかったからだ。
気の毒には思ったが、同僚たちはみな心のどこかでホッとしたという。
裁判を維持するための資料は膨大であり、つぶさに事件の詳細を警察は把握しなければならない。
同僚の娘にそれを求めるのは酷であったし、進んでやりたがる仕事でもなかった。
おそらく、八重が強姦されても状況は同じになる。
京太郎は、八重を問い詰めないし、告訴もしない。
それどころか事件発生の事実さえ、公表はしない。
おかげで八重のお腹にいる京介の子供は、無事に産まれてくるというわけだ。
「そろそろ始めようか?」
これから八重を追い詰めて強姦ごっこをやる。
長年、警察官として犯罪者や被害者を数多く見てきた京太郎に、中途半端な演技は通用しない。
だから、本気で八重を強姦する。
京介は、そのつもりだった。
八重のお腹にいる子供が気掛かりではある。
だが、ここで駄目になるのなら、そういう運命なのだ。
八重が妊娠した事実は、次をも期待させる。
なるようになれ・・・。
それが京介という男の根底にある思考なのだった。
「じゃあ、行くよ・・」
京介は、八重を睨めつけた。
精悍な顔が、たちまち邪悪な相に変わる。
八重は足を震わせた。
京介は息子には違いない。
その息子の性奴隷にされた。
どんなに泣いても、京介はあきらめることだけはしなかった。
力ずくで八重に君臨し、そして、泣きじゃくる八重のすべてを征服していった。
口にしたことは、必ず実行する。
それで今までどれだけ泣かされてきたことか。
レイプすると言ったら、必ずレイプされるのだ。
そして、そこに手加減はない。
「逃げろ・・・」
暗い双眸が八重を見つめていた。
その瞳の中にある、あまりにも禍々しい淀んだ光に、八重の本能が訴えた。
いきなり振り向くと、八重は脱兎のごとく駈け出した。
殺される・・・。
あの男は京介ではない。
目の前にいたのは、この辺り一帯に出没する強姦魔だった。
八重には、そう思えてならない。
震える足で、必死に走りつづけた。
京介は、引きつった顔を何度も振り返らせながら、葦の藪を逃げていく八重を見送った。
ズボンのポケットに手を入れていた。
その手には、刃渡り10センチほどのバタフライナイフが握られている。
もちろん、違法品である。
公表されていないが、河川敷の強姦魔は獲物にした女の子たちに、ナイフで記念の印を残していた。
乳房の谷間に、血染めの十字模様を描くのである。
犯人しか知り得ない秘密。
母さんにも綺麗な十字架を作ってあげるよ・・・。
京介は、ポケットからナイフを取り出すと、その柄を開いていった。
「レッツ、プレイ・・・」
長身痩躯の肢体が、獲物を求めて躍るように闇の中に駆け出した。
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